044
駄牛の語りを全て聞き流していた訳ではない。屋敷の外へ飛び立つ主人の活躍はどんな風で在ったか、いつも想像で思い描くだけに終わっていた──
次兄が羨ましかった 認める他ない。
兄のように力はなく、体も大きくなく、思ったことを本心から言えない。
いつか。こんな私でも、ナマエ様の隣に立てたらば と、夢見ていた──
生命を創造され今日まで抱いていた願いが、此の日を以て成就する
感極まって冷静を取り繕えない表情筋を、どうにか気力を奮い立たせ集中し。
──泉の
畔で片膝を付き、淑女を迎える紳士の所作で掌を上に 片腕を差し伸べるナマエの前で立ち止まり一礼を捧げ、拍動が鳴りやまない緊張を悟られないよう滑らかに主人の掌と重ね合わせる。
陽だまりのよう心温かな主人と似て温順な手にやわらかく握られると同時に着ていた迷彩服が白く輝き、黒のドレスが身を包み。袖口を
蒼玉のカフスボタンが留めてあり見惚れている間にフリルの付いた白エプロンが軽やかに空中浮いて前掛けられる。
「カーリィナ=ジズ──私の誇り。変わらぬ忠誠を示す君には感謝してもしきれない。言葉が足りなかった‥配慮に欠ける主を許してくれ、今日は本当に‥‥、普通に君と街へ行きたくって。リ・ロベル都市はたぶん君が思っているほど、っそんなにひどくはない‥‥!私の身の回りを警護しなくてもいい。危険なんて襲ってこないさカーリィナ‥‥今日一日 君の時間をもらえるだろうか」
(途中何か口
篭っておりませんでした?)ウーノとセイスが疑問符を浮かべるのを余所にして。天から降り注ぐ祝福の雨を全身に浴びカーリィナは歓喜の絶叫を胸中でガッツポーズして、大きく何度も頷き返す。
その間も冷や汗が出まくっているナマエは素直な気持ちを打ち明けて、娘が(ひとまず)気を悪くしていない顔色を
窺いながら ぶっ倒れないよう片膝付いている。
あれっおかしい?こっちの異世界に転移する前に、女の子らしい小物雑貨や化粧品コスメ色々似合いそうな洋服もあわせて贈ったよね?仕事根性が芯にまで染みついてしまっている──!!本当マジでごめんなさい!今にでも土下座して謝りたいわっこんなに美人さんでデキる
娘を外に連れ出さなかった駄目親と思う。
救済措置にもならないが街でも怪しまれない外見、元々のメイド服に寄せて
<下位道具創造>で町娘風に仕立てた外装装備をプレゼントする。
最後に花の刺繍入り白レースのリボンをカーリィナの後ろへまわり、
項あたりで結いたいのだが少女の身長だと手が届かず。ウーノにリボン紐を託し、抱き上げて代わりに髪を結んでもらう。
(こっそり<
念話>でエスコート頼んだ際 盛大にビックリしたに違いない。誠心誠意謝罪しておくあとマシュロお前帰ったら覚えてろよ)
濡れた髪のよう艶がありしっとりした光沢帯びるエメラルドグリーンの長い髪をゆるくポニーテールにして完成。親である私の目から見ても、引け目なしの素敵な美人さんだ。
野暮な野郎共が声かけてきても残らず追っ払うから安心してね。
ナメた口利かすモンなら制裁を加える。物騒な荒事胸に刻み込むナマエ、新しく賜った洋服に舞い上がりカーリィナは気付いていない──この親子もどうしたもんかぁー‥‥気苦労が絶えないウーノは、主からぽんぽんかるく肩を叩かれ(なにかあったら<
念話>で呼んでね)と。
指揮官殿が羽を伸ばせる折角の休日、邪魔をしたくない気持ちの方が大きいも。寛大な主の心遣いに感謝し、了承の意を念話で返答。
傍目からだと母親と御息女が逆に見えてしまう。草の地面足元に魔法陣が二人を囲んで展開し、転移魔法でリ・ロベルに向かわれた──完全に転移して去っていった後に。極小さめのスライム・長子殿が肩に乗る、溜めに溜めた息を長ぁ〜く深ぁ〜く吐き出す。あっ今頃お出でになられたのですかー
「出かけたぞ!姐さんが外行くってマヂだったんだなっ?」
図書室内の窓にへばりついて、先刻まで泉にいたナマエたちの様子を人並み外れた視覚で以て見ていた、虎男の
獣人・ゴルドが各々頭から煙を出してオーバーヒート。しぼりカスと化し机に倒れ伏している同胞に呼びかける。ちなみにゴルドは早々に問題集を諦めた。(あとで誰かの答えをカンニングしようという腹づもり)
他のメイド衆も、必ず誰かが教鞭に付き添っていた筈なのに──?監視する者がいなくなった。他の
獣人同様 机に向かってぶ厚い課題に頭を抱えていたベイがふと漠然とした感じ覚え、顔を上げ。
「おい今日姐さんいねえって──?」
「勉強しなくても良いんだな!?」
アレクサンドルと手合わせしていた今日の組み合わせ二名の
獣人も図書室に合流してきた、ということは魔獣の息子も出払っ
戦慄に毛が逆立ち 椅子を派手に押しのけて立ち上がったベイに、全員の目が注ぐ
「どっ、どしたン‥?カーン‥‥?」
目に見えて震えている、苦痛を示すような青白い表情でベイが、牙を鳴らし恐怖を口にする──
「今此処の防衛担っているのは、誰になってる‥、っ!警備がガラ空きじゃアねぇのか!何を‥ッ考えてる
領主は!?」
<秘密裏の小屋>の主寝室で 上体を起こして寝台に体を預けるエルキーは。穏やかなまなざしで真正面の開いている窓の外を眺め、庭に花の苗を埋めて じょうろで水やりをしているセトラとフェリシアの母子と目が合い、微笑んで手を振る。
真横を向けばサイドテーブルに置いてある、花瓶に活ける花々。室内を飾る花の名前を以前より母子と語り合い 教えてもらい、歩くこともままならくなったこの躰に──弾んで軽やかになる気持ち。逆に若返っていく想い──
思いがけない来訪者、朝餉を済ませてひょっこりコテージに顔を出すナマエの口から内緒話しのよう、愉しげにベイに課する訓練内容を聞かせてもらった
思い出して思わず自分もいたずらっぽく笑ってしまう。
水精霊ジュラィが不思議そう首を傾げ、容態を案ずる。
「寒かったでしょうか‥?窓をお閉めします」
「いやいや、だいじょうぶ──もう少し このままで 目に焼き付けておきたい‥」
「‥左様ですか‥‥」
テストにでますって言ってたモンねっ!
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