▼捕捉されました
ザリュース・シャシャにとって
それは単なるお守りでしかなかった。
人など滅多に寄り付かない
蜥蜴人が棲息する湿地にたった一人 子どもがひょっこりザリュースの前に現れた。
女子の名をエリクシールと言い、初対面ながら臆することなく養殖場で育てている魚の生態ついて意見を交換し合あう。幼い外見とは裏腹に知恵に富んだ助言でザリュースを感嘆させ、更には魔法で取り寄せた様々な種類の蒔き餌を提供してくれた。
対価は美味しく育った養殖魚を食べさせてくれと言う、なんと豪胆な奴だ。
たった半日のみの邂逅でザリュースの心に村の未来を明るく照らす新しい風が吹く。去り際に親交の証として水晶を授けられ、また来ると言い残し転移魔法で帰路に去っていった。
それから幾月経とうと
エリクシールは姿を現さず
総ての
蜥蜴人たちが種の存続を賭けた闘争が火蓋を切って落とされる。
偉大なる御方と名乗る軍勢に対し
蜥蜴人五部族の同盟を結ぼうと、各部族長へ交渉の途中
「ザリュース、貴方から微かだけれど魔力を感じるわ。魔法の心得でも?」
"
朱の瞳"族長クルシュ・ルールーから予想だにしない問いかけに一瞬呆けてしまう
「──いや、俺自身 魔法は使えない。
凍牙の苦痛に込められている魔力なんじゃないか」
「それとは違う‥貴方の近くにいてやっと気付く程度の小さな魔力なのだけれど」
ロロロの背に乗り
"竜牙"棲まう村へ向かう道中。自然と身を寄せ合う2匹。惚れた雌の体温を感じるこの近さで本能に忠実な尻尾が一度、大きく揺れ振るう。
おもむろに魔力の源──ザリュースの身体へ手を触れようとしていたクルシュが身を強張らせる
「すっすまん怪我はないか」
「いえ!平気よ‥」
太陽の光を塞ぐのは元より、今ほど頭上からすっぽり身を覆う草の寄せ集めを着ていてよかった──赤らめる頬をザリュースに気付かれずに済んで、速まる鼓動を抑える。
気を取り直したザリュースは思い当たる節がある品を、腰巻きの内側から取り出して見せる
「まさかこれの事か?」
もう今は記憶の中でしか逢えないエリクシールから受け取った水晶。掌に丁度よく収まる大きさで、持ち運びになんら苦ではなかったのでずっと仕舞い込んでいた。差し出された水晶をクルシュは指先に触れた瞬間
「──きゃっ!」
全身が淡く金色に輝いて直ぐ吸い込まれるようほのかな光が消えゆく。
「クルシュ!?」
「これは──暑くなくなったわ‥?」
辛い日光の下 活動するには難が生じてしまうアルビノであることを忘れてしまう程、心身の軽さに術的効果を確信する。
「保護魔法が込められているのね!すごいわザリュース!一体どこでそれを?」
日光の辛さから解放され嬉々として身を乗り出して問うてくるクルシュに、鼓動が跳ね上がり持ってる水晶にこんな効果があったとは露知らず
「これは、貰った品で」
「そうなの!?相手の方はさぞ貴方を想ってくれてたのでしょうね!」
脳裏に薄らいでいたエリクシールの、明朗快活な笑顔を鮮明に思い出す
「そうか──俺は、いい友を持った」
ほんの数秒、瞼を閉じて思い出に耽る。
件の友へ思慕の念を抱いて、精悍さと哀愁を漂わすはじめて間近に見る雄の顔付きに、一気に全身の血が沸騰して爪の先まで真っ赤になっているのではないかとクルシュは動揺を隠しきれない
「クルシュ、この水晶はお前が持っていてくれ」
「えっええぇっ?でも、」
「俺が持っているより魔法で効果が得られるだろう‥それに、いつかお前にも会わせてやりたい。これを贈ってくれたアイツに」
その者が最早オスかメスかなど考え付かなかった。そっと壊れものを扱うかのようクルシュの手をやさしく取り、掌に水晶を置いて握らせる。
この闘いが終わったら、とお互い口には出さない。忘れ形見にしない為にも未来をこれから勝ち取りにいくのだから
コキュートスを指揮官としたナザリック軍が、結集した
蜥蜴人五部族との初戦。
相手勢力の力量を見誤り、一貫して戦いの地に身を投じないままコキュートスは指揮系統に遅れ、御身から授かった自軍低位アンデットを掃討されてしまう寸で切り札イグヴァ=41を前進させる。
偉大なる御方の手ずから生み出されたイグヴァの戦力は他を圧倒し、決死の覚悟でザリュースを筆頭にクルシュ、ゼンベル、ロロロが一丸となり距離を詰め。ついに手の届く距離にまで
「進めやぁ!ザリュース!」
召喚された四体の
骸骨戦士を前にゼンベルが殴り込み、生じた陣形の隙間を掻い潜り走り出すザリュース。
<火球>、
<電撃>、<
恐怖>、<
第4位階使者召喚>どれを駆使して喰らわせても尚這い上がってくる──!
「我は
死者の大魔法使いイグヴァ!舐めてもらっては困る!」
渾身の
<火球>が放たれ、
骸骨戦士を打ち負かしたが満身創痍に伏しているクルシュとゼンベルを後方に、ザリュースは自らの剣を足元に突き立てる
「氷結爆散!」一気に噴き上がる冷気の渦に、白い靄が周囲を包み込む。
精根尽き果て意識が遠のく最中クルシュは確かに、激痛を噛みしめるザリュースの呻きを耳にする
まだ‥‥まだよ‥!
氷点下に凍てつく湿地に転がり伏しながらも重く鈍い腕を伸ばす
ザリュースがまだ戦ってる‥!
冷気の靄で白く視界が遮られようと、戦う意志を捨てていない彼の雄の背は見えずとも判る
<中傷治癒>──
生還の願いを込めて
羽織っている上着の内側から同調する癒しの輝き。
瞬く星の如く万感の想いを聞き届けた水晶の光を──暗転する意識下で見逃したクルシュであった
ナザリック地下大墳墓・階層守護者コキュートスただ一騎のみに対し、
蜥蜴人戦士階級の者たち最後の戦いはあっけなく終結した。
しかし強者にも匹敵し得る戦士の輝きを肌身で感じたコキュートスは自ら、至高なる御方アインズ・ウール・ゴウンその方に進言し、永続的に統治するよう実験材料として
蜥蜴人殲滅を免れる。
戦死したザリュース他族長たちを蘇生魔法で復活させ、コキュートスを統治代理人として役職を加えて──アインズ・ウール・ゴウンの、守護者たちの成長を見極める実験は実りを結ぶ。
そこで終わる筈であった。
「何だこれは」
ユグドラシルにはなかったアイテムを魔法で複製できるかという、アインズもといモモンガの趣味でもあるレアなアイテムを収集しようと。
古から伝わる
蜥蜴人四至宝の内の一つ
凍牙の苦痛よりも。もう一つのそれを手にして驚愕を禁じ得ない
「そ、それはっ私が然る者から譲ってくれました、保護魔法がかけられている水晶です」
至宝を奉納する為跪くザリュースの言葉なぞ、既に耳に入らない
ここまで幾度となく監視の眼を擦り抜けられた──第一としてそれは使用者の肌身に直接触れなければ感知できない程の微細な魔力しか帯びていなく。第二にそれは魔法を使用する者だけに適されるクルシュのみに反応し、ゼロになった瞬間MPを僅かに回復させる。発動した際 辺り一帯を冷気の靄に遮られていた為、発見には至らなかった。そして
「<道具上位鑑定>」製作者や詳細な効果まで判明できる魔法を発動──耳障りなひび割れ音とともに砕け散る。白骨化した骨の手に散りばめられた結晶屑が、アイテムとしてもう意味を成さないことを示す。
魔封じの水晶──アインズの認識としてそう呼称している。手にしていた水晶はそれよりも洗練され小型軽量化に加え、幾重もの魔法が込めてあり、鑑定されると同時に自動的に破壊するよう製作者の正体が洩れない情報阻害系魔法をも施されていた
「誰だ」
これほどまでの上級水晶を扱える人物
シャルティアを精神支配された忌まわしい記憶が甦る
「このアイテムを与えたのは」
精製した水晶の一つから流れてくる魔力の波が、糸を引き千切られる感覚で途絶えるのをナマエは察知する。
水中での呼吸を可能とした異形種の能力。ヒレ耳、全身に鱗と水掻き爪を有する姿のまま、拠点要となる地底湖の深くナマエは潜水していた。閉じていた瞼を開け、最後に流れて込んできた映像でザリュースを捉え、想いを馳せる
思い返せば警戒心を与えぬよう能力で姿形を変化させ、子どもの姿で出逢ったのが最初。
欺瞞と我欲に塗れた人間たちを相手に領地征服をし、心労が重なっていた頃に彼のような気骨ある
蜥蜴人に出逢えたのは嬉しかった
だが彼の種族は闇に堕ち
地底湖の水面から
禊終えたナマエに岸辺で待機していたカーリィナは一目で主人の異変に気付く。隠し通せない張り詰める空気が全身から溢れている。
敢えて、カーリィナはいつもの通り──人の姿形へと戻りゆく主人に肌着となる襦袢を羽織らせる。いかなる時もナマエに付き従うのが己の存在意義なのだから
一点を見詰め。押し黙っていたままの口が重く開かれる
「来るぞ」
脳裏にまでこびりつき、最早 視界に映る影から骨の手が伸びてくる幻さえ見えてくる。
頭蓋骨の空虚な眼窩から燃え盛る、紅の焔に臆さず真っ向から対峙する
「──死だ」
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