Epilogue
波紋は広がる
「大漁祝いじゃーっ!!」西の大海原を制していた荒くれ
多頭水蛇を配下に付け早一週間と経たぬうちに。
海の政権握ったナマエ勢は一目散に漁業へと乗り出し、
多頭水蛇を従わせて今まで海の幸喰い散らかした分 取り返せと言わんばかりに遠方の海から食糧となる魚おびき寄せてこいやと。引き網漁の要領でかつての平穏な海へと戻りつつある
泣く泣くナマエに従う
多頭水蛇を見て。ベイたち
獣人はえらく共感。すごく親近感が湧いてならない。捕虜だった頃比べ環境がすこぶる良くなったけど管理してるナマエと臣下たち滅茶苦茶おそろしい。一日の仕事が終わったあとには肩を並べて一緒に焼き魚を食べる仲となる。魚うめえ
「街作るからこれから忙しくなるよ」
(もうどうにでもなれ)しょっぱいのはきっと潮風の所為だ──涙を噛みしめ 美味しい海の幸とともに嘆く咆哮を飲み込む。飯はいい。腹も満たされて心を豊かにしてくれる なにより
ナマエの笑った顔を見ると安心する。
こわいけど。いい女だってことは判る
コイツの為だったら何でも出来る、とさえ──こわいけど。いやな感じじゃない 不思議と自分たちも笑っていられるこの毎日が続くといい
歯車は回る
王国内各地で暗躍している裏組織の息が掛かった小村があると、情報を聞きつけ隠密調査しようとした矢先。有り得ない様を目に──常に感情を表に出さない双子と。二百六十年以上も生きて常人の域を超えている吸血姫さえ言葉を失う。
双子──暗殺稼業から足を洗い、アダマンタイト級冒険者チームの一員として王国で名を馳せるティアとティナは。互いに目を合わせかぶりを振る
誰一人として集落に居ない
忽然と、ぱっと煙のように姿を消したのだ。家のなかには何もかも残っている、家具や日用品が衣類も生活感溢れてそのままの状態で埃を被って、争った形跡も無ければわずかな備蓄食料で飯の用意までしていた痕跡。全部の家を隈無く探してももぬけの殻。荒れ果てた土壌の畑に使い古しの農具も置き去りにただの一人も影も形も 消えた
吸血姫──生まれ持っての
異能と不運によって吸血鬼へと変貌した、仮面の内で 少女の顔が緊張で引きつる。
不可視化と<
飛行>を使い、空から──元エストルグ村の惨状を見下して。なんだ何がこんな
(完璧だ──)
紆余曲折しアダマンタイト級冒険チーム"蒼の薔薇"に所属して未だ日が浅い。
仲間を引っ張るリーダーの知略で以てしてもこれほどまで人命を救助する作戦は立てられない──優しすぎるのだ、甘いと言える。
敵を前にして命を奪えるか もしその苦渋の選択を迫られる局面に立てばリーダーは法の裁きと断じて喩え弱者の命を弄んだ敵だろうと殺しはしない。
だが
此は規格外だ──!
脈打たない身体が寒気立つ。憎悪と慈愛が二極化している!罪犯した人間へ弔いの炎で骨も残さずこの世から抹殺して、罪無き人間には未来という希望を指差す
(何処だ!?村人たちを何処にやった!)
人じゃない人で在って堪るモノか!こんな異常な完璧で一欠片も命を見放さない叡智を現実にした奴は今何処に居る
(捜さなくては──!)
いつまで掛かろうと!
草の根を掻き分け様と!
捜して止めなくては!!
此は始まりに過ぎないもっと人が死ぬ
もっと奴に力が与えられてしまう!
此から先は自分たち化け物の領域だ!!
刻々と秒針は止まらない
リ・エスティーゼ王国
東側都市エ・ランテル──冒険者組合の斡旋所にその噂は瞬く間に広がり、武装した人々の口数が絶えない。
西の
多頭水蛇が討伐されたってよ
いいや死んでねぇとか
なんでも異国の男が手懐けたらしい
尾ヒレ付いてるだろそれ
報酬たんまり遊んで暮らせるわなぁ
(
多頭水蛇──?)
冒険初心者としての証 銅のプレートと首に飾って。漆黒に輝き、金と紫色の紋様が入った絢爛華麗な
全身鎧を身に包んだ人物。
面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知ることは出来ない。屈強そうな人物に相応しく、真紅のマントを割って背中に背負った二本のグレートソードが柄を突き出していた。
今しがた冒険者登録をした──偽名で。共に連れている元NPCも略称で二人組として。
斡旋所の一階は酒場も経営しており陽が明るい内から酒を煽っている周囲の同業者から耳、は本当は存在してないがとにかく聞こえてくる大捕物の話題が絶えず
「アイ
「気を付けろと言った筈だ ナーベ」
その名は決して他言無用だ、と。側に控える 十代後半から二十代ぐらいの年齢で、すっと線を引いたような切れ目の瞳は黒曜石のような光りを放ち、豊かかつ艶めく黒髪をポニーテールにして。深い茶色のローブというなんの変哲も無い服が、彼女の美貌に掛かるとまるで豪華なドレスに変貌する。偽名を徹底しなければいけない命令を、その直後に失態おかしてしまった。非礼を詫びる謝罪に腰を九十度曲げて頭を下げる
「失礼しましたッ‥!モモンさ──ん‥」
「ハァ‥‥」
諦めと若干の呆れの溜息を吐く、肺も在りはしないが。
なんとか無事に冒険者登録してきた幸先良くない。先ず文字が読めない、言葉はどういう訳が難無く異世界の者たちと会話出来るが右も左も分からない街でやっと辿り着いた斡旋所でクエスト内容の張り紙が乱雑に掲示してあるボードを眺めても、どれが難易度高めなのか。
「西に海があるのですね」
「ああ‥‥その様だな」
いやでも聞こえてしまう<
多頭水蛇>討伐の称賛、やっかみ。モモンは後者に賛成する。まだ何も名声を高めてすらおらず 西には絶対近付きたくない
(金がないんだよぉおう!)
切に願う。頼むから邪魔しないでくれ!
この世界にいるかも知れない仲間を探すべく自身の名を世に広めなくては。それには資金が必要不可欠、冒険者モモンの覇道。という名の苦労が始まりを告げる
暗闇から忍び寄る
円卓に座ったのは九人の男女であった。
八本指の各部門支配者の表情は様々──ポーカーフェイスを保てない者が数人重苦しい空気を肩に背負う。
「村が壊滅‥‥?」
唖然と息を呑み議題に上がったその言葉を、そのまま模倣して喉から絞り出す警備部門の長。スキンヘッドで頭頂部に獅子の刺青を施している、隆々と盛り上がった腕や巌のような体躯で苦虫を噛み潰した口元歪める。
「そうだ 何者かが──実験として
<獣人>を貸し出し黒粉を栽培任せていた小村が跡形も無く」
「テオドールが統括の任に置いて‥‥どこの村だ、名前は」
「確かエストルグ だとか‥」
淡々と、会議の進行役であり、王国裏社会を統べる男が答える。水神の聖印を胸元に掲げる五十代くらいの男が温和そうな顏立ちでこんな裏社会に深淵まで浸かっているとは全く見えない。
「ふんっ猫がご主人様に逆らっただけだろう、アンタのところの躾が生温かったんだ」
「うちはきっちり管理徹底しているわ。田舎の馬鹿領主がしくじったんでしょ」
麻薬取引の部門長 病的に白い肌の色をしている淫靡な女が。奴隷売買を統制するなよっとした線の細い男を嗜めるも一蹴にて終わる。
「黙れ」
切迫した空気が漂う、他八人の口を真一文字に結ばせ──警備部門最強の戦闘能力を持つゼロが奥歯噛み締めて、沸々と込み上げてくる激昂を滲ます。
「テオドール、奴とてガゼフ・ストロノーフに追い付くとは言えんがこの俺が手下に引き抜いた男だ。そう易々と殺されただと」
「事実だ。遺体は消し炭に──他の手下諸共。相手の正気を疑う、そやつは何も解っていない我々を、我々が何なのか」
温和な雰囲気から冷徹な声色に変わる議長を前に。周囲も口角を歪ませどんな苦痛を味わせてやろうか各々脳裏に想像浮かべて愉悦する。
命じる 一片の慈悲も躊躇い無く
「捕えろ。洗い浚い情報を吐かして利用するなり家族友人も嬲ってそれからじっくり殺せ。あらゆる地獄を 盗みの神に歯向かった 産まれてきた事を後悔させよ」
来い
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