021
踏みしめる砂浜 傾く朱い陽が乱反射する
寄せてはまた打ち返す波
果ての無い水平線
この波打ち際にして潮の香が僅かだと?
強烈な違和感を覚え。ナマエは歩を進める履いている靴を、魔法で取り除き素足で漸く辿り着く──ふるさとへ
泡立つ小波が迎え入れ澄み渡る海水を
下から手招く仕草で<水流操作>を発動して有効範囲半径七十メートル内の海水を、重力に逆らって宙に浮かし。ナマエの前方海岸。海がひとりでに空へと上昇していく非現実的な有様を目に、モヴウは必然の成り行くままを見守るしかない
海岸七十メートル全海水が突如として空へ落ちるかのよう皿型の水玉として停滞
顕になる海底の砂地から
成体の<
多頭水蛇>が出現
全長八メートル。十二の頭部を有しその多頭を支えるに相応しい頑強な巨大健脚
体には濃い茶色の鱗が生え揃い、琥珀の瞳は通常の蛇とは異なり開閉可能な瞼を持つ。潜水していた海中が一瞬にして陸に様変わりし、吃驚の渦を瞳に宿し瞼を大きく瞬きする。
そんな大海原を支配している
多頭水頭なぞ気にも掛けず<水流操作>を解除
支えを失った広漠な水玉が津波を発生させて再び海へと落下する。
自身の周囲に水膜の球体を作り、津波に圧し流されることも濡れもしない。
後方で待機しているモヴウ乗る荷車の足元地面まで、さざ波が寄せてしずかに引いていく。空中に漂う水滴を掌に引き寄せてひと舐めすると
(‥‥‥‥‥‥‥‥‥うわぁー)
──塩っ辛くなーい!!!いやしょっぱいことにはしょっぱいよ!でもこんな水っぽいんじゃ話しになんねー!?なに!塩造り出来ないじゃんこんなんそういやモヴウ村長が言ってた塩を生産する魔法あるとかなんとか?うおおおおそれでご飯まかなってるとか有り得ねえええ塩は大事だよー生き物みんな海から生まれてきたんだよー美味いじゃん海の幸ウチの住民だれも食べたことないとか言わないよねぇええ刺身焼き魚ムニエル蟹食わせろォオオオオオ
絶望に打ちのめされるナマエの真正面。海面から雄叫び上げて牙矛く
多頭水蛇に、モヴウは天国にいる孫へすぐにでも逝くと辞世の句を読み上げてる。
大気震わす咆哮と何重もの魔法陣を展開
<魔法最強化・龍雷>天空の暗雲が立ち込め轟く雷鳴が鮮烈なる閃光 龍の如くのた打つ白刃の雷撃がナマエの脳天へ狙い撃つ。龍のはらわたに呑み込まれたナマエが閃光のなかかき消され、一拍の後 白き雷撃は勢い止まず放電しながら中空を駆けアレクサンドルとモヴウの下へ猛威を奮う
炸裂音が反響して。閃光が失せる
龍の尾から雷撃が切断され無に帰す。
「──っは!はーっはっはははあ!」
かるく挙手して雷の龍を断ち切った──
多頭水蛇は渾身の雷撃魔法をただの人間しかも幼子が無傷だという現実を許容し切れない。
微かに帯電するナマエが──最近資料書類との解読にらめっこでデスクワークに勤しんでたから肩が凝っていたのを電気マッサージで肩こりよくなったなぁ。
間延びした感想を
多頭水蛇から受ける。
「よォ──」
第五位階魔法
<龍雷>を強化したと判るが<上位物理無効化>の前では傷一つ付かない。<
念話>と併用して、会話を試みようと
真後ろから猛り狂う超高温の熱──!!
拙い!二,五メートルあるアポイタカラ=上位金属製バスターブレードを装備してアレクサンドルが
多頭水蛇目掛け突進跳躍
「殺すなぁ!!」空中 頭頂部からバスターブレードを剣道面の構えで振りかぶる息子の眼前へ、少女の姿から成人女性に戻って斬撃を体で迎え入れる
憤怒に紅に染まる視界からナマエを捉え。急激に肝が冷え奮う刀身をずらす
一閃──かまいたち発生した斜線はしる海が音を置き去りに、海底からマグマの噴火如く暴発して海をかち割る。
鼓膜を劈く爆発音とともに巨体すれすれに海が割れ裂くのを目の当たり
多頭水蛇は身をすくませ行動の一切を停止──
対峙したまま小波さざめく砂浜に着地して バスターブレードを下ろすも
「馬鹿野郎オ!!」あと刹那遅かったら主を斬っていた焦燥感に苛立ち心の底から叫び上げる
「急に飛び出すンじゃねエ!」初めて息子のこんな追い詰められている表情見る、感心をよそに置き。つとめて冷静に諭す
「お前は誰だ私はそんな愚息に育てた覚えはないぞ」
止まらず紡ぐ激昂の言葉が成りを潜める
大人として。親として。主として。
子に言い聞かせる
「先を見据えろ この
多頭水蛇は役に立つ 私はこの通り傷一つ負ってないぞ ただの低位位階魔法で私がやられると?お前は私の何を見てきた」
瞳を反らす事は許さない そう教え込んだ
「私の背で世界を閉ざすな──もっと前へ、私を越えて先を見るんだ!世界はお前を待ってるぞ!自分の足で前に進めと教えた筈だ!」
それでは矛盾している
「俺はアンタの従者だッ!!」
「私とて永遠には生きられんよ」
永劫の刻を生きるなんて真っ平御免だ。
「アレクサンドル──我が息子アレクサンドル。強く生きろ 私がいなくなった時もどうするかはお前自身が決めるんだ」
そんな事今云うんじゃねェよ
「私は国を創る。それまでは私の盾となって傍に居ることを許す。だがその後はアレクお前の自由だ、それからの将来が大事なんだ──私にとってもお前にとっても、いつまでも親の後ろに居るべきではない」
大剣を握る柄がいびつな異音を立てる。
「俺はッ──闘う事しか知らねエ!アンタの傍で世界の果てまでついて往くのが使命だ!!」
「私は死ぬぞ。不可能だ」
「俺が死なせねェっつッてンだア!!」
「いいや死ぬね、寿命は誰にだってある永遠なんてモノはまやかしだ。この世で絶対とは時間と死だけ。誰も死から逃れられないお前も私も」
歯軋りする犬歯が伸びて魔獣の姿を顕す前に口切る寸で。わななく息子の頬に手を添える
「生きろ。そして私を忘れないでくれ。お前に頼むことはこの二つだアレクサンドル」
重い──大剣が手からすり抜けて重力に沿って砂に埋まる。こんなにも細腕だったか、両膝をも砂浜に埋まってうなだれる我が身を主が抱き留める
「どこまでッ‥‥俺の心をかっさらう、」
「悪いな。こんなことしか出来ない私を恨んでもいい、お前は私の息子だからな いつかわかってくれると信じてる」
柔い胸の鼓動が。いつかは止まると
縋りつく か細い背が壊れぬよう抱擁す
「──折角の親子水入らずだろう」
抱きしめる主の声色が低く重々しく、鼓膜打つのに頬骨を濡らす滴を拭いて瞬時に大剣を構える。
だが
多頭水蛇は戦意喪失し小刻みに震え怯えて岸を、遠く一点を見詰めて血の気を引いてる
アレクサンドルの背後。
ナマエの見据える前方。
木々の大地──地面地中から滲み出る黒の靄
靄が何十何百という骨の身を形作り
黒の軍隊が一瞬にして軍列並び成す。
「モヴウ村長!」
いや駄目だ。泡ふいて気絶してる
<
転移水門>
拠点屋敷に印付けている転移失敗率0%
水の門に強制的に荷車ごとモヴウ村長を潜らせて戦線離脱させる。
「ェエエリィイクシィルウ!」また遭えると思ってたよ
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