017


拝啓──天国へ召された孫へ
お前の笑顔がもう見れないと思うと、自分の無知と非力さを悔やんでも悔やみきれない。冤罪だのに。罪なきお前を連行されていくのに、村に引き止めてやれず愚かな祖父を許してくれ。
どれほど無念であったろう

仇は討った──どうか安らかな眠りを

おじいちゃんは

「グオオオオオァァアアアアア!!」
咆哮が大気と海面を震わす。全長八メートルにも及び大海原を支配する多頭水蛇ヒュドラが十二の頭部全て殺意を込めた牙を剥き出しに雄叫び上げる。

すぐにでもそちらに逝きそうです。


元エストルグ村
村長モヴウ・ヘインニの受難はナマエの衝撃発言から始まる。

「でっ ででデデデぇと──?」

醜悪な悪行三昧の限りを尽くした元領主に取って代わり、自分たち全村人に新しい土地と家屋と役目をお与え下さったまさに救世主であるエリクシール様が。まさかこんな老いぼれ相手に放った御言葉に理解がまったく追いつかない。

「ぃよおっし!そうと決まればアレクも呼んで往くぞう!」

(返事してませんけどッ!?)その場にいた全住民、心のツッコみはショックの方がデカかった為 声に出ず。石になっている周囲に気付かずナマエは人さらいよろしく、モヴウを引きずっていく。

「ッええぇええええ!?」
「あっはっは!いいぞ村長!まだまだお歳のわりに元気が有り余ってるじゃないかぁ!」
「わっ!私の名はモヴウです!?」
「そうか村長!良い名前だぞ村長!」

混乱の極みでなし崩しにさらわれていくモヴウの悲鳴と、話し聞いてない新しい領主のナマエが快活に笑いながら段々と小さくなっていく──この先 大丈夫か?住民たちは一株の未来への不安よぎる。


拠点周囲一帯にカーリィナとマジックアイテムのお蔭で、間諜対策の防壁が張り巡らせてある。
シンボルになっている巨木が遠方から発見に至らぬよう不可視。拠点五十q外からの侵入者を探知。部外者が草原敷地内に足を踏み入れて来た際の自動反撃。

そして新たに──<不死者忌避>アンデス・アヴォイダンス
低位アンデッドを近寄らせない攻性防壁を、異世界転移してきてフェリシアとセトラを救出した最初の日に追加した。
村長とベイからにも聞き及んだ。この辺境に日中には高い頻度でモンスター、夜には稀にであるがアンデッドが出現すると。よくそんな危険な野外にか弱き民を引きずって来れたなド腐れセレブと、悪態をつくも過去の些末。他にも戦後処理で一夜明けてから屋敷砦を焼き放つ際に、遺体が異様に腐乱が早かったのをアンデッドが増える可能性を考慮して対死霊系防壁の一つを維持している。

(書類の解読も全部はまだだが──)

拠点西端。前方に森と、立つのは草原の境目に到着してナマエは

「おぉーい大将と爺さん、悪ィな待たせちまってーっ」

未だ状況が把握できておらず、頭に疑問符を浮かべまくるモヴウと。<伝言>メッセージで食糧と簡易組み立てテントの道具を荷車に積んで、押して持って来てくれたアレサンドル。

「クエスト行くぞいやーっ!」
「何故私もぉおおッ!?」

いろいろ沢山まだ考えなきゃいけないことありますけども!未知なる冒険が目の前にあっちゃあウチのなかで大人しくしてられるかーっい!!

「もちろん正体はバレないようにしますとも!」
「応さー」
「話し聞いてーっ!?」

アレクサンドルは既にここで待ち合わせする前に<最上位混合魔獣ハイユニークキマイラ>の姿から以前のよう人間の姿に化けてもらい。同じく種族スキルで姿を変化

ナマエの足元地面から突如水が重力に逆らって湧き出すのと同時に全身を覆い。背が縮んでいく水玉が弾けてなかから一切濡れることなく現れる

喪した孫と同じ年頃の少女が目の前に──モヴウは息を呑み、眼を潤ませる

「幼女は世の女性すべての夢!」

すぐにナマエと判明。モヴウの感嘆は一気に急降下した。

「あのぅ‥エリクシール様そのお姿は」
「一応私たちお尋ねものっていうか犯罪犯しちゃってますからね?正体バレないよう偽名も使いますので、様つけじゃダメですよー」

年齢は十二歳くらいの姿に変え。これからクエスト行く先々で出逢う人間たちに詮索されないよう、隠密の心掛けを念押しする。

「な、何故 私めも‥同行せねば」
「なにをいう村長!貴方にしか出来ないことはまだまだいっぱいあるぞ!むしろ私たちがご指導ご鞭撻を受けたいほどだとも!」
「ええぇえそっ、それと言うのは」

(もうこの御方名前覚える気ないな)半ば諦めの境地を察するモヴウの問いに。返答しようと

「ナマエ様」
「んあ?カーリィナと‥皆見送りに来てくれたんだ」

カーリィナを筆頭に見送りに足を運んでくれた家族。はじめて少女の姿になったナマエを目の当たりにフェリシアが嬉々として弾みながら駆け寄り、大人たちセトラ、ベイ、つまみ食い制裁を喰らった獣人が驚きに目を剥く。

「わぁ〜!ナマエ?ちっちゃくなってるーっ」
「ふふん私の方がまだお姉ちゃんだ。明日はこのままで外で遊ぼっか!」
「ほんとーっ!」
(コイツ本当なんでもアリなんだ)

きつーいしごきから一時解放されベイは何も言うまいと。遅れて気を取り直し娘のフェリシアに快く接してくれるナマエへ深々とお辞儀

「やぁサイズが合うのがあって良かったよ」
「はい‥‥重ねて感謝申し上ます‥ナマエ様」

真新しメイド服に袖を通し。カーリィナと同じ出で立ちでふわっ気のある栗色の髪を一括りに、初めて言葉を交わした日よりも顔色がだいぶ良くなったセトラにお辞儀を返す。

「お仕事覚えるの大変だろうけど無理し過ぎないようにね」
「えっあ!顔を上げてください!?私なんかにそんなっ」

一瞬空気が張り詰めてモヴウとベイ、獣人が目を大きく丸くする。頭を下げた。一介の新入りメイドに向かって領主直々に礼を捧げるなど有り得ない。落ち着きなく両手をさ迷わせているセトラに、変わらず快活な笑顔を浮かべる。

「はな」
「えぇ?」
「そうだっ花を持って帰るよ。ウチにはてんで花がないから、旦那さんのお墓に御供えしなくっちゃ」

手打ちをぽんっと鳴らし。屋敷メイドとして体調回復したセトラを迎え入れ、フェリシアと共に住み込みで簡単な家事から覚えてもらっている。墓を建てると約束して直ぐ村外れの住まいから旦那さんの御遺体を屋敷裏の日当たる庭へ丁重に埋葬して、墓石に名を刻んだ。
ユグドラシルゲーム時から効率重視でいた為に拠点に花など皆無である。盲点だったー

「よければ花を育ててくれるかな。皆もきっと喜ぶと思うんだ」

これが──上に立つ者としての度量か。荒みきったぽっかりと大穴が空いた胸の内に、潤い満たしていく確かな愛情。分け隔てなく相手を一個人として気遣い対等な目線で寄り添う

「うぇえええどしたんん!?みんな!」

突如として頬を幾筋の涙で濡らし鼻をすすりだす新しい家族にビックリ飛び上がる。

「今まで思い上がってすまん」
「貴女様が領主でほんに神」
「お花丹精込めて育てます」
「もうつまみ食いしません」

「いや最後許さんよ?」

フェリシアは全部の会話まで分からずナマエと手を繋いで戯れている。
なんか変なこと言ったか狼狽するもアレクが輝かん程サムズアップしてくるから大丈夫か?ホント大丈夫なん!?
アホの獣人ビーストマンにはしっかり最初から躾ておかんというそこ譲らんからな!

「ではカーリィナ。留守を頼んだ」
「畏まりました」

常に真顔のカーリィナだが心のうちではナマエへの荒れ狂う敬愛が大騒動を巻き起こしている。

「じゃあ行ってくるからねフェリシア」
「うん‥‥」
「明日は絶対に遊ぶぞーお花もお父さんにあげような」

柔らかいネコ耳の頭を撫でで。ものさびそうな表情であったが約束して直ぐに白いちいさな八重歯を見せる

「夕飯までには帰るよ」
「いってらっしゃい!」

見送りの手振りを返し。一匹まだ泣いてるが無視!荷車を押していくアレクサンドルと共に、モヴウも連れて森へと歩を進める

「さて村長。さっそくご指導願いたい」
「はい?」


リ・ロベル都市──リ・エスティーゼ王国が領地する西側海辺都市。

よりも手前。
都市の外周部は城壁が囲い。門より様々な人とものが出入り行き交う、貴族馬車、行商人、兵隊、平民たち、冒険者チーム。

ひしめき合う人と物資が街道を使い門をくぐる。よりも遥か手前。リ・ロベル都市全貌がどの程度か把握できない程離れている街道沿い、所謂さびれた商店街ならぬ露天商

「安いよ安いよーっ!今揚げたて熱っつ熱っつのパンを寄ってっらしゃい食べてみらっしゃーい!なんとパンのなかには あ〜ら不思議!トローリとろけるスパイスきいたカレーが入ったパンだよー!」

そこにナマエたち 店開いているなど
誰が予想できただろうか。


バトルだけがクエストじゃない




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