014
屋敷砦に就任していた兵士を総て打倒し掃討し、残りは領主唯一人。
八つ裂きにする願いは叶えられたが、憎き糞の人間どもを喰らう気にはならなかったカーン率いる何匹かの獣人たちは執務室へ、ナマエの成り行きを見届ける。
<水流操作>で声帯の喉笛を潰し、声発せぬ元領主に言の葉を手向ける。
「村人を殺したな」
何もかも突発に起きた異常事態。自らの城を蹂躙され征服され、栽培場に火を放たれ、亜人らが牙を奮い手駒を喰らい尽くし、村の女どもを解放された。全部──この女の仕業だというのか。どれもこれもすべて
溺死寸前にされ喉潰れ酸素足りぬ思考のなか、荒く呼吸音鳴らし会話すら絶たれ顔面蒼白で小刻みに震えるしか意思を伝える手段は残っていない。
「やりすぎだ。民を暴力で虐げ 徒に命を蔑ろにした。お前も同じ目に遭って当然の報いさ」
処刑宣告に反応する獣人の何匹か歩み寄ってくるのをアレクサンドルが腕を掲げ、待ったを掛ける。
「豚にすら劣る廃棄すべき
塵だ」
ナマエの足元から魔法陣が展開して光量上げる室内。この場に生きてる全員の足元に魔法陣で捕捉する
死を纏い女の手が伸びてくる
懇願の叫びは言葉と成らず
せめて苦しまずに と慈悲を乞う
村人たちの集落。男手の大半を屋敷砦へと向かわせ、残る力無き民たちを守護する為
魚人ウーノ、ドスは集落の警備にあたっている。
出向いていった夫、息子に続き。駐在武官敷く箝口令を破り、又は屋敷へ奉公しにいったきり戻らぬ娘や子どもたちの帰りを待つ村人たちは、突如 避難集合する全員の目の前に光りが発生し驚きにどよめく。
光りから人の姿が現れ、見送った際兵士の装いのままである村の男性らと、何故かシーツ一枚という出で立ちの娘らが帰還を果たす。安堵の胸を撫で下ろし駆け寄っていく家族たち
「あぁ戻ってきたのね‥!」
「怪我はない?そんな恰好じゃ風邪をひくわ」
家族のあたたかな出迎えであろうと、帰還してきた者たちの悲痛な面持ちに不安がぬぐいきれない。
「ねぇうちの子は?どうして一緒じゃないの」
妻の縋りついてくる問いに。遂に耐え切れず膝崩れる者が幾人とも
底なしの昏い瞳の娘たち覆うシーツの内から無数の痣と縛り跡に、どういう行為が成されたのか気付き血の気が失せる
絶叫と全身に冷水をかけられたような衝撃で固まる村人集団のなかへ、先刻同様の光りが発生する。
「村長はどなたかな?」
<集団転移魔法>を発動し、書類回収してまわっているトレスを残して全員を転移してきたナマエは元領主の胸倉をわし掴んで引きずりながら村長を呼ぶ。
阿鼻叫喚のなか村長であろう老人がおののきながら前へと出、目を合わせる。
「村長。これは返すよ君らの大事な財産だ」
ポケットからカーリィナから預かっていた麻の小袋をかるく放る。村長の胸元に当たるも重力に従って地面に落ちる
「い いなかった‥!いなかったんです、屋敷のどこをっ探しても孫がッ」
同じく家族の未帰還を訴える村人たちの注目が一身にナマエに向けられる。
数秒瞼を閉じた後。後ろで大量の剣を抱えるクアトロを手招いて呼ぶ
「お悔やみを申し上げるよ」
喪失を感じ入って──痛ましい叫びが辺りに響き渡る
わなないて立ってるのもやっとである村長の眼前に、クアトロが抱えていたそれらを置き。次いでナマエも引きずっていた奴の片膝を踏み抜いて距離あける。
下卑た悲鳴を上げ、転げ這いつくばる人物に見間違う筈はない。
「そいつがやった」
全匹の獣人がうなり、村人全員の視線が鋭くなる
「やれ」
いつの間に傍まで近付いていたナマエが剣の一本を刀身、刃の部分を摘まんで差し出す
「え──」
「殺るんだ」
領主であった しかしもう微塵も威厳の影すらなくなっているそれを指差しているが道徳心が剣を拒否する
「駄目だ村長ヤツはまた仕出かすぞ、今殺らねばまた舞い戻ってきてしまう」
「ぁ う っ」
「諸君らを狗のようにもてあそび、税を上げて真綿で首をしめあげる、娘たちをさらいおかし、必要となくなったらうちすてる。今度は誰だ自分か」
ふるえがなくなっていく
「
仇は諸君らが討たなければいけない。亡くなった子たちが応報せよと言っている!」
またふるえだすが今後は違う
差し出される剣を掴む
村長に続き地面に置かれている剣を拾いにくる村人たち。アレクサンドルも待ったを掛けず、獣人たちの好きにさせる
にじり寄ってくる民と亜人
「よくも」
「悪魔め」
「同胞を」
「ゆるさない」
喚き散らしているも言葉通じぬ憎悪の対象に刃と鉤爪で一斉に貫く。
無惨に命散らされていく光景を横目に、アレクサンドルは己の創造主に畏怖を改め敬服する。
(マジで手ェ出さずに村奪っちまった)
戦力に投じたのは一貫して己一騎のみ。
獣人たちの手を借りずとも奪る手段を幾通りも筋書き立てていたのであろう、現地民らを味方に付け不特定多数手駒が増えようと関係なく粛々と作業を終わらせる指示を下したのみである。
──仇討ちまで加担された。と鉤爪を奮い終わってからカーンは冷静さを取り戻した理性で以て思い返し、気が付いた。同族は檻に収容されて傷付けられても殺されてはいなかった、奴隷として労働力として寸のところで命はつなぎとめていた。セトラが施してくれてた飯とナマエの治療に因るものもある。だが力ある言葉に奮起され村人たちと諸悪の根源にとどめを刺した
気付いてからの時既に遅し──息つく呼吸とともにぽつりとささやくナマエの呟きに背筋が凍り毛が逆立つ
あっけなかったなこれだけの偉業を成し遂げて
呆気なかったな だと
到底カーンの生きてきた経験則から度を超える、未曽有の脅威を秘める相手に物資奪おうとした自身が心底愚かであったと思い知る。
仇討ちと純潔を穢された村人たちがうらみ晴らし。剣を下す彼らにナマエは働きに対して感謝の笑みを送る
「よくやった」
とめどなくこみ上げてくる涙が止まらず 泣き崩れる村人たち。
それに模倣してカーン率いる獣人たち全匹がナマエに向かい跪く。
「何の真似かな」
「俺たちは故郷を棄てたはぐれものだ、帰れる家も所もない連れていってくれ」
返答に口開く、が真一文字に閉じ森の方向へ振り向く。
東の森林から草掻き分ける音が近づいてきている。予想以上の迅さだ
闘争の気配を嗅ぎ付け、無我夢中に屋敷を飛び出し。父の仇を討たんとフェリシアは村へ漸く辿り着いた
余程気が急いているのか小さく短い尻尾の先にマシュロが必死に張り付いているのが気付いてない。
フェリシアの眼前に広がってきた景色に
人間と獣人がともに仇である男を討ち取ったのを、王の如く悠然と佇むナマエ。
疾走してきた呼吸を荒げ大きく肩を上下させるフェリシアは打ち捨ててある男の遺体へ歩を進める。
ナマエの傍で転移魔法の光りが灯り、カーリィナに支えられながら娘を探し見つけたセトラが静止に叫ぶ。
「フェリシア!!やめてフェリシア!」
母の声すら届かず歩調を早め男へ爪立て
やわらかい風に押され後ろに後退する。立ちはだかるナマエが母と同じ台詞を唱える
「やめるんだ フェリシア」
「なんで!?みんなだってそいつに止めを刺した!」
父さんの仇である奴がいるのにどうして
「でなきゃ君を守って殺されたお父さんも、セトラさんも、そこで惨めに野垂れ死んでる屑と同じになってしまう。私も含めて」
言っている意味がわからず怒り吠える
「父さんと母さんがくずって!?なん、でそんなっおねえちゃんが言わないで!!」
「いいや何度でも言ってやる。そして止めるさ──勝手なお願いだけどね‥‥大事な子には血で汚れる争いには巻き込みたくないんだ」
「いやだっ!わたしだって戦える!どんなやつが相手だって怖くない!!」
「怖くないからって強いって訳じゃないよ。いい?あんな屑でも家族や仲間がいた恨みを晴らした今回の戦いは勝っても火種は必ず燻ぶってる。次の、次のそれからまた次の次の恨みから生まれる争いはどうやったって終わりゃしないんだ」
朱がしたたる各々持つ武器を見て
全員がこの先遠くない未来を予測して息を呑む
「だからお父さんは、君とお母さんを逃がそうとした。戦いを避けようと、大事な家族の為命をなげうってでも遠くへ、争いのないどこかへ」
父さんの願い
あいしてる父さんが守ろうとしていた
家族だけの世界は壊された
「そ そんなとこっ‥‥どこにも 」
「私が創ってみるよ」
父の無念様々な感情が混じって視界を滲ませる前に、凛とした宣言に見上げる。
「フェリシア──君が私の、この世界で最初の依頼人だ。だから最後まで見届けてくれ。私だって間違いは必ず起こす、そこの屑の成れの果てのように権力に胡坐を掻き民の心を聞き入れず私欲に走った結果があれだ。私の進もうとする先もああなる一つの可能性だ」
私は恐怖する
皆に見放される時が来るのを
唯一残されたみょうじなまえの心
「君と周りの全てを争いから遠ざけてみせる。君が見ている世界を、私たちが変えさせてくれ。いつか遠くない、明日にだってこともある私が道を違えたその時には」
視線を送られる手の爪に
とっさにひっこめる
「君が止めてくれ。
それで刺してこの身が裂かれようと決して文句は言わない。約束しよう」
武器をおそれる心に気付いたら大丈夫だ
この子は大事なもののために力を使える
殺意が失せ──爪を下ろすフェリシアに希う。
「今日からここにいる皆が君の家族だ。どうかお願いだフェリシア、歩み寄る最初の勇気を私にくれないか」
目線を合わせて両膝を地面につけるナマエが広げる両腕に、恋しかった父と母とおなじあたたかなぬくもりに抱きつく
「帰ろう我が家へ」
悲しい涙を流すのは今日で最後だ、念と押すよう腕のなかで泣きじゃくるフェリシアの頭を撫でながら、抱き上げて立ち。
「カーン。君らもウチに来るって?」
まだ片膝ついてた
獣人たちを見やり、返答し損ねていたのを聞き返す。
「その子の母親とお前に救われた命だ、俺たちの牙と爪 預けよう」
「好きにしなよ。強制はしてないし」
心配で気が気じゃなったろう、カーリィナに支えられながらふらついてるセトラの傍まで歩み寄る。
「すまないね。娘さんを大変な目に遭わせてしまって」
「いいえ‥っ!いいえ いいんですっ‥何とお礼を言ってよいか‥‥!」
「旦那さんのお墓も建てましょう。手伝いますよ」
未だ涙痕乾かざる目尻から涙流し、だが喪失に嘆くものではなく。
これでようやくご飯が美味しく食べれてゆっくり寝られる一先ずは
「帰ろっか」
フェリシア 私の心
殲滅の一途を辿り既にもぬけの殻となったエストルグ村の上空 黒い靄が粉雪の如く虚空から現れ降り積もる。朱の錆鉄の匂いが充満する屋敷砦に集中して村全体周囲すら見落とさず見張り番兵士遺体に纏わり付き、蛇か多足害虫が這いずる身の毛がよだつ動きで続々と屋敷へと黒い靄が掻き集められる。朱と臓腑が撒き散らしているのを栄養源にしてか靄が体積を増やし不意に上空流れる雲から月明かりが差し込み、ガラスを引っ掻く耳障りな金切声が黒い靄から発せられ一斉に靄が森の茂みへと影と同化する。再び月が厚い雲に覆われ完全な夜陰の闇から、炎の灯 朱とも蒼とも紫とも言えぬ混濁した瞳孔が浮かび上がる
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