011
冒頭。セトラ目覚めるまでの正午すぎ時刻を以てして総ての情報収集を完了した。地形把握による地図作成からはじまり相手側の戦力、取り払う人数、助ける人数、協力者を募り味方に付け、ナマエたち拠点への移住を滞りなく生活が営めるよう衣食住を整える。
これから戦火へ身を投じるのではなく。作業を終わらせる為に要らぬ気を遣わせないよう、親子に作戦のことは話さずにいようと臣下一同にも命じた。
目覚めたものの状態が安定せず泣き崩れるセトラにフェリシアを寄り添わせ、側付きにマシュロも控えさせている。屋敷にさえいれば安全という意識を持たせナマエは多くを語らず、部屋を退出する。
侍らしているカーリィナを置いて、一足早く部屋を出てしまった──数歩先の壁に背を付き、目をとじて愛する者を喪失したセトラの姿が瞼に浮かぶ。次いでカーンの切願から滲み出る激情
(愛──)
「憎い」セトラの涙とカーンの言葉が
心という目に見える感情であった
(愛していたのだろう、いや愛してるか‥‥今も)
愛と憎しみは表裏一体とはよく言ったものだ。どちらも同じ熱量にして生きる糧となってる
部屋のドアから歩み寄ってくる足音。
「カーリィナ」
「はいナマエ様」
閉じていた瞼開け、壁から離れて向かい合わせになる。
「手を」
両腕を広げて娘の手とを重ねる
ああ 失いたくないな
確かに生きてると感じる、鼓動を刻む魔力の波を感じて改めてそう想う
「ふむ‥‥ちょっと冷たいんだな」
「私の種族は<
水精妖乙女>──人間とは異なりこの身体は水と成っております故」
(しかしいつも表情変わらないな?仕えてくれてるのは嬉しそうって感じるけど、あとほんのちょっぴり朗らかになってくれてもいいんだけどなぁー)
知らぬが仏。知らないほうが良いこともあるというもの。
「そうですナマエ様、こちらをお渡ししそびれてました」
カーリィナから差し出されるそれに一瞬肝を冷やす
「ん!?それはもしやっ」
「僅かばかりの貨幣でしょう、村の代表者が是非にと」
「うん!そっくりそのまま返しましょう!」
麻の小袋に金属が擦り合わさる音、それを掌に乗せたままカーリィナが不思議そうに首を傾げる。
「村人たちから金銭は受け取れないよ。彼らの大事な財産だからね、それよりも〜っんんん!」
眉間を寄せて唸り出すナマエを前に、何か無礼を働いたのか心中で落ち着きをなくす
「カーリィナ‥‥えっと、まず中身を確認してみて?」
当然のことながら異世界の貨幣が数枚。銅のメダルで七枚が小袋に包まれている
「そんでね、今回はお金だけで大丈夫だったけども。もしそれを渡してきた村長さん?が悪いヤツと結託していたのならっていう過程で」
緊張が一気に迫りくる
「その小袋に探知系魔法アイテムを忍ばせられてたら、ここの拠点場所がバレちゃうっていう可能性があった訳よ」
完全に失念していた──あぁなんてこと主人の御姿を見失っていただけでこんな失態を招くとは。
足元から崩れ落ちる失意のどん底に叩きつけられる絶望にカーリィナはナマエの顔を見れずうつむいて
「ああー大丈夫っ大丈夫だからカーリィナ。ほらお金しか受け取らなかったし!これは私から返しておくね」
うつむいて僅かに震えだす娘の傍へ急いで歩み寄り、小袋を受け取りズボンポケットにしまってから背中をやさしく撫でる。
「もっ、申し開きの仕様も、御座いません‥!」
「いいんだよカーリィナ、良かれと思って預かってくれたんだよね」
ナマエも内心肝が冷えたが一先ず危険がなくって安堵したものの。
美人さんの慰め方ってどうすんのー!?こ、こんな時アレクのイケメンさが欲しいとは思わなんだー!
「きょ、今日は‥はじめてカーリィナと一緒に冒険できて、うれしかった」
とりあえず素直な気持ちを伝えるナマエの鼓膜震わす声に、思考止まり
「カーリィナがいなかったら──今回の情報収集も上手くいかなかったよ、いつもありがとう自慢の娘だ」
天から与えられる恵みの雨の如くカーリィナの心にナマエの言の葉が一つ一つ沁み渡る。
そう主人はいつも私を見てくれている、大好きだって、声を大にして愛情を伝えてくれたならば従者としてそれに答えるべき
「ナマエ様!私もお
「おぉーい?大将なんか呼んだ?」
お慕い申しておりますという
儚き乙女の告白が、散らされる
(以心伝心すっごい!)(駄牛──!!)勢いよく振り返って己を見詰めるそれぞれの目つきに、動じず疑問符を浮かべるアレクサンドル。
「なんだァ二人して女同士の会話ってやつ?」
「やー当たらずも遠からず?カーリィナに一つお願いがあってね」
「はいナマエ様 何なりとお申し付け下さい」
(感情読み取れないよー!ああ言ってよかったのかなー落ち着いてくれたって取ってもいいのかー?不安だ)
臣下たちの心のケアも今後視野に入れておかないと、と気苦労が後を絶たない先々を見据えながら。拠点防衛の任に復帰している娘に次なる指令を下す。
エストルグ村の外れ、身を隠すように忌々しい亜人と人間の女から産まれ落ちたハーフの忌子が居を構えているという情報を掴んでから襲撃に至ったが。簡単な仕事だった筈だ、部下の兵士隊長ハドリューを選任させ適当な村人どもにも報酬などという嘘で釣り。とっくに件の大罪人らを討ち取ってきたという報告があっていい
屋敷砦。執務室で座するギデオズ・ファクシム卿は葉巻き吸った本数など数えるべくもなく紫煙をくゆらせ、壁際に控えさせている侍女が表情曇らせているのに見向きせず。苛々を込めた拳を机上に振り落とす
「なにを手こずっておるのだ!既に半日が過ぎてる相手はたったの三人だぞ!」
乱暴に叩き付ける拳に侍女が強張り。罵声に平然と表情崩さずテオドール・ヨーデルフ武官は意見述べる
「定期連絡も断えたまま‥‥村の男どもが使えなかったのでしょ」
「ちッ!ハドリューめ手柄の独り占めかアイツらしい」
「まっ女とくれば見境いのない奴ですし。それよりも今朝方の侵入者が気になります」
「知るか!くまなく探しても見つからなかったのだろう!」
再度拳を振り落としたはずみで、カップが転げ紅茶が零れ散る
「糞ッ!おい!さっさと片付けろ!」
侍女を呼びつけ、乱雑に置かれて濡れてしまっている書類を拾おうとしているところで平手打ち
「このノロマが!」
頬打たれ床に倒れる侍女へ、苛々の発散で拳を振りかぶり
「失礼しますっ!ファクシム領主様 兵たちが帰って参りました!」
「おお!今頃か遅すぎるわ」
屋敷砦を囲う防護柵の前へ、続々と兵士が帰還してくる
「開門!開門ー!討ち取って来たぞーっ亜人の首だー!我ら帰還至るー!!」
確かに騎馬のハドリューと部下の兵士らが門前で集まっているのを確認し、防護柵の門が開錠される。敷居内へ やや俯きながら疲労している所為だろう兵士たちが帰還を果たす。
「どうだった?どこだ亜人の首とやらは」
屋敷警備が声かけるも、返答来ず異変に気が付く
「お前!?誰だ!その兵士たちはッ」
馬上で震えてる見たこともない男に、更に帰還した全員も兵士の装備一式を装っている侵入者
「邪魔するぜぃ」
閉門で閉ざされようとした門に手を掛け
到底 人一人の力では動かせる筈がない、柵門を重量感じさせず押し開く謎の大男
「何だッ!?貴様らどこから湧いて出た!」
「よう。もう鎧外していいぜ動き難いだろ」
周り一帯から剣先向けられているのにも構わず、怖れおののいて震えている村人の男性たちに穏やかに話しかけるアレクサンドル。
「何者かと聞いてるんだッ!」
「ちょっとばかし村の男たちがここにいるっつー、娘?あと女房を連れ戻したいから来たんだけどよ」
まるで緊張感の欠片も感じさせない大男が目の前に対峙する兵士に語り掛け、気力が一瞬だが削がれる。
「村の奴らが何だ!兵士たちは何処へやった!?」
「肥やした」
「はぁッ?」
「もうちょい分かり易く言わねェとわかンね?土の中でおねんねしてるっつったンだ、糞でも森の栄養ぐらいにゃァ役に立ったな」
一気に場が殺気立ち、剣や槍の矛先が揃って構えられる。
「手前ェ等 雑魚じゃァつまんねェし、そいつらが相手してくれるってよ」
親指立てた先の方向──開門されて放置していた門から獣の唸り声
「おッお前ら!どうやっていやっ傷が、何故くつわが取れてる!?」
「ひいいいぃいいッ!」
捕虜である筈の
獣人が傷が癒え、猿ぐつわ外れ、精錬たる野生本来の姿で全匹が牙と鉤爪を尖らせる
「そいじゃ一丁 派手にかまそうや」
御機嫌よう ではさよなら
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