008


エストルグ村。
リ・エスティーゼ王国が領地とする西側、リ・ロベル都市の南東端に広がる森林──アスセウブ森林に囲まれるほんの小さな村。
人口およそ百数十人。二十一世帯からなる村は王国辺境の村としては最小の規模である。
都市から派遣された駐在武官を長として兵士、村人と明らかに格差を強いられているのものの、森から出現するモンスターを兵士たちが団結して討伐してくれる成果もあって村の主たる生産となる、森林からの恵みの恩恵を授かっている。
しかし、ある一つの問題については村人皆が口を閉ざす。
二年前から村外れに昼夜問わず、広大な畑を耕し強制労働させている獣人ビーストマン捕虜たちの存在である。大柄な体躯であるが体付く肉は削げ落ちて骨が浮き彫り、目はうつろ、鋼鉄の猿ぐつわをを括り付けられ中には舌を切り落とされている雄さえいる。
この村以外 周りに人里はなく外界との交流は乏しい。駐在武官が敷く箝口令を破った者はその後姿を見せないとあって、皆が隣人の眼を恐れる悪しき習わしが根付いてしまった

自分たち家族の、明日生き延びる食料を確保するのすらあやしい村人たちの朝は早い。だが暁の、白々とした日の光りが森林をその白日のもと照らしだす夜明けとともに鼻腔から胃に直接訴えかける香ばしい匂いに誘われて、村人たちが続々と家の門から姿を現す。

「やぁ諸君!おはよう良い天気だねーこんな気持ちのいい朝には外で炊き出しご飯でもいかがかなー?」

唖然。

夢でも見ているのか──快活な笑顔で挨拶する美人を筆頭にキャンプとは到底言い表し切れない。大がかりなテントを設営して幾人ものメイドたちがそれぞれ寸胴鍋の前に揃い、湯気立つそれの火を番をしているではないか。

「──っああ!アンタ俺たちを森から帰してくれた魔法使いっ!?」
「そうだこの人だ!!」

集まる村人のなかから昨夜 強制的に兵士らに連行された男たちが声を上げる。いつの間に家路に着いたのか

「そうこの私!種族問わぬ医療団エリクシール!が慈善活動として君たち皆にご飯を提供しにやって来ましたー医務室も用意してあるから診察してほしい人はこちらのテントへご案内しまーっす」

呆気にとられるなかこんな奇跡あるのか。飯と治療を無償で提供だと?

「あっ兵士さんたちには既に許可取ってあるから。皆さんが先にご飯食べていいよーって」

信じられないことだらけで開いた口が塞がらない。



ところ変わって村人たちが住む集落の、見張り番をしている兵士を魔法で眠らせ──もちろん許可取ったなんて嘘であるナマエたちの登場を、上官ら他の兵士にバレないよう偽装工作を完了したカーリィナと魚人マーマン

「本当に主人の仰っていた通り。呆気無かったわ」
「御足労有難うございます」

<睡眠スリープ>の魔法を持つカーリィナが役目を終えたところで魚人マーマンへ指示もなおざりにナマエの元へ急ぐ。

「そこらにでも放って置きなさい」
「はっ」

夢のなかへ旅立っている見張り番を一まとめに、人目避ける為 茂みへと引きずる。



村人たちにとって非常に魅力的な光景を前に、疑心が足を止める。同郷の者とすら目も合わさず会話減り、家のなかでしか安心できなかった日々が身に沁みついてナマエたちを警戒する。

(ふむ──)

予想以上に心閉ざしているとナマエは判断し、臣下たちが稼いでくれた時間を無駄には出来ないと考えあぐねると

ばらけながらも続々と集まってくる村人たちの後方から小さく悲鳴が上がりざわめき、ナマエの前へ道が開かれるよう人だかりが避けていく。

怯えの瞳を一身に注がれる──狼の獣人ビーストマンがたった一匹でやって来た。
身長一九十センチほど灰色の艶失せる体毛を全身に生やし、欠けている右耳から額、顔面へと右目まで直線に至る創傷で右の視界を失っている。口には鋼鉄の猿ぐつわ、爪立てぬよう指先が切り落とされ、下半身のみボロ切れの下穿きを着用してずり足で近付いてきてるところ脚の腱にも損傷が窺える。
だが左瞳だけが芯を宿した眼差してナマエと対峙する

互いに沈黙し視線を通わせていたが先にナマエが後ろへとおもむろに腕をやり、その手にメイドの一人が湯気立つスープがよそわれた器を乗せる。

木製の匙でナマエが一口スープを掬い、口に運ぶのを見せて毒物が入ってないことを証明する。途端に狼男の腹の虫が暴れ出し、内心微笑みながら表情を崩さずメイドから真新しい匙と交換してもらい歩み寄る。

灰色がくすんでる体毛が触れられる距離まで近づき、スープを掬って猿ぐつわの間から器用に匙をくぐり入れる。僅かに開かれる口の中から覗く舌先が切られ、主要な牙を折られているのを目に一瞬 眉間を寄せて不快を禁じ得ない。屑な人間どもの仕業か

気を取り直しスープ差し入れた匙をもう一度掬おうと引いた瞬間 狼男の瞳がカッと見開き、ナマエの持つ器を両手でわし掴み豪快に仰向いて一気飲みする。猿ぐつわの所為で顔から全身に飛び散ってしまうスープだが構わず飲み干し、息を吹き返したのかよう大きく息をはく狼男に気をよくし。三度メイドから<無限の水差し>ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーターを受け取り、平らげた器と交換して手渡しする。
その水差しを落とさぬよう、狼男は両手で支えて一気飲みし、まったく中身が無くならないそれに疑問符が浮かぶも今度は頭から全身に水をかける。スープまみれに埃と土で汚れた身体を少しはマシに洗い流し綺麗にさせ、体毛に残る水滴を全身震わせて払う

水差しを返却する際に
芯ある瞳で訴えかける

「 ひ しゅ ふぉ ひぃ ひぇ ぅ へ 」

──傷を診てくれ  確かに心得た。

笑顔で頷き狼男を設営した簡素ながらも医療道具一式揃えてある医務室へ案内する。
美女と野獣が揃ってテント内へ入っていったのを始終傍観しきっていた村人たちは、捕虜である獣人すら対応してくれるのを目の当たり次第にぽつりぽつり要望をもらす

「うちの母親が‥‥足が、悪いんだ」
「おなかへった」
「じぃさんも寝たきりだ」
「じゃぁ 診てもらいましょ‥」
「飯が、こんなにたくさん‥」

にじり寄り、あたたかな食事とささくれた心の棘を癒してくれるかのよう診察を受け入れていく──そこに隔たりはなく美味しいスープやパンを味わう感動を共に忘れかけた笑顔を取り戻す


大勢で食べるご飯って美味しいよね




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