焼けつくような真夏の陽射しが降り注ぐ中、水が強く弾ける音とクラスの女子達の高い声が、窓の外から聞こえてきている。これだけクソ暑い日だったら、さぞかしプールの水が気持ちいいだろう。窓際に座る俺は、ジリジリとした暑熱を全身で受けながら、そんな事を思っていた。

高校生ともなれば、思春期の真っ只中。男女でプールの授業が分かれるのは当たり前のことだ。俺達野郎どもは今日は昼休み後にプールの授業がある為、これから昼にかけてどんどん強くなる太陽の下で浴びる水を、俺は今か今かと待ち構えている。

それにしても、随分と賑やかで楽しそうな声だ。プールの授業って、そんなに楽しいもんだったか?ただ淡々と泳ぎ続ける俺らとは、もしかしたら内容が違うのかも知れない。その疑問が気になってしまった俺は、興味本位でほんの一瞬だけ声のする方へ目線を送る。これは断じて、水着姿の女子を拝みたいからというわけではなく、単純にどんな授業内容か気になっただけである。…まぁ、一割くらいは前者の気持ちもあるが。

「(…遊んでやがる)」

視界に入ってきたのは、女子達が楽しげにビーチボールを投げ合ったり水を掛け合ったりしている様子だった。どうやら自分が考えていた通り、男子とは全く授業内容が違うらしい。

「(青春って、ああいう事を言うんだろうな)」

まるで青春の一ページを絵にしたようなその様子を見て、俺は何故だか気分が良くなる。基本的に朝から晩までバレー一色の自分にとって、こういった"THE 高校生活"といったシーンは、どこか新鮮な気さえするからだ。ほんの少しだけ、羨ましいような気にもなる。

そんな気分に浸っていたら授業終了のチャイムが鳴り、女子達がプールから一斉に上がり出した。それはあまりにも俺にとって刺激が強すぎる光景で、思わずバッと音がする勢いで教室内へと顔を向けた。隣の席に座るクラスメイトに「どした星海?なんか顔赤くね?」と聞かれたけれど、俺は「な、何でもねぇ!」と答えることしかできなかった。


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「…の為、××年には─…」

四限目の世界史の授業。聞こえてくる教師の言葉が途切れ途切れにしか聞こえないのは、多分俺が船を漕いでいるからであろう。

カタカナで長ったらしい横文字が呪文にしか聞こえないこの授業は、毎回ご丁寧に強い睡魔に襲われる。バレーボールの用語は同じカタカナでもすんなりと頭に入ってくるのに、どうして世界史となると一つも頭に入って来ねぇんだ。全部バレーに喩えて授業してくれや良いのによ。

働かない頭でただひたすらに文句をつけながら眠気と戦っている俺は、先ほどから目を閉じたり開いたりと忙しい。これでも一応、授業を聞く気はあるのだから、誰か褒めてほしい。

目を閉じて、また開いて。開いた時には、前の席に座る女子の白い夏服が視界いっぱいに広がる。衣替えをしてから随分と学校全体が明るくなった為、今も目の前の白は太陽のせいでさらに眩しさを増していた。

「ん…?」

しかし、今日はその白い世界に、違う色が混ざっているように見えるではないか。それが、いわゆる太陽光によって引き起こされる光のチラつき現象なのか、はたまた別なのかは分からない。

俺はこの時何を思ったのか、正解を確かめようと落ちかけた瞼をゆっくりと開いたのだが、すぐさま後悔する事となる。

「(……ピンク?なんでピンク色なんか─…)」

そう、その違う色の正体は、可愛らしいピンク色だった。しかし、何故ピンク色なんかが夏服に?まさか、いつかの美術の時間に誰かに絵の具でも付けられたのか?その仮説が正しいとするならば、すぐさま教えてあげなければならない。授業中ではあるが、少しくらい話したって大丈夫だろう。

「おい苗字、お前の背中に絵の具付い、て─……」

親切に教えてやろうと前の席に座る苗字の肩を叩こうとしたが、俺はとんだ勘違いをしてしまったことに気づいてピシッと石のように固まる。違ぇ、これは絵の具なんかじゃねぇ、もしかしなくても、ブ、ブブ…、

「っ!!!!!?????うぉ!!?ぃって…」
「ん?どうした星海〜?今はバレーの試合中でもなんでもないぞ〜〜」
「、ぅ、ウス」

ガタッ!と大きく椅子ごと跳ねてしまったが故に、俺は一瞬にしてクラスメイトの視線を集めてしまった。挙げ句の果てには教師から注意を受けてしまう始末だ。至る所からクスクスと笑い声も聞こえてくるし。クソ、すげー恥ずかしい。

いや、問題はそこじゃない。…俺は、気づいてしまったのだ。それは絵の具の汚れなんかじゃなく、苗字が夏服の下に身に付けている、……下着だということに。

「(な、ななななんでコイツ…!キャミソールとかタンクトップとか着てねぇんだよ??!!!!)」
「…星海くん?今、何か私に話しかけようとしてなかった?」
「っな、なんでもねぇ…!」
「そう?それなら良かったけど、何かあったら言ってね」

くるりとこちらを振り返った苗字だったが、俺が慌てて何でもない旨を告げれば納得したのか、彼女は再び前を向く。あ、危ねぇ。思わず心の声が出そうになっちまった。

けれども、苗字が前を向けば必然的に彼女の背中が目に入るわけで。ピンク色が俺を誘うように、やけに眩しいのが腹立つ。視界に入れないように努めても目についてしまうその主張の強さは苗字の大人しい性格とは正反対で、恥ずかしさと少しの下心が、俺の中でせめぎ合っている。

「(大人しい顔して、下着はしっかり透けるような色かよ…)」

正直、苗字のお陰で眠気はどこかへ飛んでいってしまったから感謝している。が、しかし。事故ではあれどこうして女子の下着を一枚布越しに見てしまったことは、自分にとって初めての出来事だ。先程から俺の心臓はドッドッドッ、と速いスピードで脈打っており、黒板と彼女の背中を交互に見てしまっている自分が居る。

てか、なんか髪の毛も濡れてて色っぽいし。肩にかかったタオルもお風呂上がりを彷彿とさせるものがあって、苗字のそういったシーンを一瞬でも想像してしまった自分にも腹が立つ。

…俺だって年相応の男子なのだから、仕方ないのは分かってはいる。けれど、クラスメイト相手にそんな下劣な考えが過ぎっている自分の情けなさたるや。

「(…クソ、こんなことがきっかけで苗字のこと気になるなんて最低すぎんだろ)」

我ながら、単純だとは思う。今までバレーボールにしか興味がなかった俺は、恋愛らしい恋愛はまともにしてきていない。最後に好きな奴が出来たのなんて、記憶を探る限り恐らく中二だった気がする。

けれど、今。俺はもしかしたら、久しぶりに恋心というものが芽生えてしまったのかも知れない。キッカケは最低すぎるハプニングではあるが、何故だか彼女のことが気になって仕方がない。

授業はいつも真面目に受けていて好印象だし。それに、意外とよく笑う奴だ。控えめに笑うその笑顔を見て、「こういうのを可愛いって言うんだろうな」と、何度か思ったのを、今更ながらに思い出す。あれ、俺ってもしかして割と苗字のこと前から気になってたのか?

「星海くん」
「っうお?!こ、今度はなんだ?!」
「ふふ、そんなに驚く?はいこれ、消しゴム」
「消しゴム?」
「あれ?星海くんのじゃなかった?さっき驚いてた拍子に転がってきたから、てっきりそうかと」
「…あぁ、いや、俺のだ。サンキュ」
「どういたしまして」

彼女のことを考えていたら突然振り返ってきたもんだから、必要以上に驚いてしまった。俺の下心に気づかれたのかと思って焦ってしまったが、ただ落とし物を届けてくれただけだった。

そっと俺の掌に消しゴムを乗せた時に触れた彼女の指先は、プールから上がった後だからか少しだけひんやりとしていた。その冷たさは俺の火照った身体を少しだけ落ち着かせてくれたのだが、彼女が再び前を向いた時に香ったシャンプーの芳香によって、俺の身体は、またじんわりと熱帯びるのだった。




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