「改めて、岩ちゃんお誕生日おめでと!!!」
「おう」
「一番乗りで18歳か〜…ってことは…?え?!岩ちゃんアダルトビデオコーナー入れちゃうってこと?!え〜何あげようか迷うなぁ」
「ヤダ〜岩泉くんったら卑猥〜〜」
「俺らはしばらくわかんねぇ世界だし、レポ頼んだわ」
「オメーら殴られてぇのか!!」

本日の部活も終わり部員たちが次々と帰る中、私は体育館の一角で部誌を書いていた。そんな作業のBGMは、近くでギャーギャーと騒ぐ同級生四人の会話。茹だるような湿度と気温の中、彼らは汗水垂らしてバレーボールに夢中だったくせに、どこにあんな元気が残っていると言うのか。

そんな彼らの会話を聞きながら、私は右手に持ったボールペンをさらさらとノートへ滑らせていく。今日あった出来事といえば、…及川のサーブが失敗して金田一の頭に当たった事か。あの時は本当にどうしようかと思ったけど、すぐに金田一を病院に行かせたし異常無しの報告も受けたし、恐らく大丈夫であろう。

「ねね!名前ちゃんはどう思う?!」
「ぅわっ!びっ…くりした……てか暑い、どいてジャマ川」
「え〜酷いなぁ」
「苗字嫌がってんだろ、退けよクソ川」
「そうだぞセクハラ川」
「下手したら刑務所行きだぞヘンタイ川」
「ちょ、ちょ?!全部悪口じゃん!!」

部誌をちょうど書き終えたところ、騒がしいキャプテンが私の背中にのしかかってきたので冷たくあしらえば、他の三人も便乗するように次々と罵声を彼に浴びせる。この流れるような連携も、三年間伊達に一緒に過ごしてきていないからだろう、流石である。

「てか皆のせいで話逸れちゃったジャン!名前ちゃん、今日岩ちゃん誕生日なの知ってるよね?」
「当たり前でしょ」
「そんな岩ちゃんも今日からオトナの仲間入りなんだよ。だから何かオトナのプレゼントでもあげようかって考えてるんだけど」

くだらない。それはもうビックリするほど、くだらない。こちとら、ただでさえモワモワと蒸された環境で頭は何も考えられなくなっていると言うのに、余計な仕事を増やさないでほしい。

「へー、意見出し頑張って」
「諦めないでよ!」
「オトナのプレゼントはどうでもいいけど、何か印象に残る日にはしたいよな」
「さすが松川。お前の考えこそ大人」
「アリガト」
「俺は?!」
「お前は論外」

及川の言っていることに関しては何も考える気は起きなかったが、まっつんの意見には貴大同様、私も大賛成だ。高校生活最後の誕生日。漢らしくて、いつもバレー部の士気を高めてくれる我らがエース様に、残り数時間とは言えど楽しい一日をプレゼントしてあげたい。

何か良い案は無いだろうか。ここに居る五人全員で楽しめて、岩ちゃんが笑顔になれるようなこと。うーん、…………あ。そうだ。

「岩ちゃんおめでとう腕相撲しようよ」
「名前お前何言ってんの?この暑さで頭沸いた?」
「貴大は黙ってて」
「ひでぇ」
「ね、どう?岩ちゃん」
「…悪くねぇな」
「ほら、見て貴大。この岩ちゃんのソワソワした顔」
「くそ〜名前のしょうもない案に乗る岩泉もしょうもないってことか〜〜」
「よし、花巻からやるか。お前のその腕折ってやる」

私の提案は、どうやら見事に岩ちゃんのハートを仕留めたみたいだ。不動の腕相撲チャンピオンである彼からしたら、そりゃ燃えるだろうしお気にも召すだろう。

「総当たり戦ね」
「おう。チャンピオンの座は渡さん」
「本気モードの岩泉コワ」
「とか言って松川お前もなかなかつえーじゃん」
「いや、及川とかゴリラだしどうかな」
「それはそう」
「黙って聞いてればずっと酷いね?!」
「オイ、さっさとやんべ。誰から来んだよ花巻か?松川か?クソ川か?」

岩ちゃんの発言を聞いて気づいたことがある。どうやら、彼は勘違いをしているようだ。私は"総当たり戦"と言ったのだ。この場には五人居ること、忘れちゃいないだろうか。

「じゃあ私から」
「「「「は?」」」」
「え?」
「いや…………苗字、何言ってんの?」
「何って、総当たり戦って言ったじゃん」
「そういう意味だったの?!」
「他にどんな意味があんのよ」
「いいか名前、悪いことは言わん。やめとけ」
「選択権利は私にあるでしょ」
「俺、苗字相手にはさすがに」

四人全員がご丁寧に、私の参戦発言に一言ずつ残していく様は面白い。なんだか、ドタバタコメディのドラマか何かに出演したような気分になってきた。けれど、私は至って本気なのだ。

「…岩ちゃん、逃げるんだ?」
「………あ?」
「あ、ちょっと岩ちゃん…」
「女子とは戦えないなんて、そんなんじゃチャンピオンとは言えないんじゃない?」
「いや言えるだろw名前何言っちゃってんの?w」
「わかった、受けて立とうじゃねーか」
「あー分かっちゃった!!岩泉分かっちゃったよ!!おい松川どうすんだよこれ!?」
「良いじゃん別に。面白そうだし」
「まっつんは大切なマネージャーの腕が折れても良いんですかー?!」
「そうだそうだー!!」

岩ちゃんは単純だから、煽ればノってきてくれると思ってはいた。まぁ、こんな簡単に言い負かされてしまうのは、違う意味でちょっと心配にもなるけれど。

それは良いとして、もう外野が煩いのなんの。特に貴大と及川。二人して私の腕を心配してくれるのはありがたいけれど、流石に折れるなんて事はないだろうし、私だって皆と一緒に祝いたい。

「岩ちゃん、あの二人うるさいし早くやろ」
「おう」
「正気か?!」
「あー!?岩ちゃん名前ちゃんの手握ってるーズルーーーい!!」
「なっ…!じゃあどうしろってんだよ!!?」
「岩泉、顔真っ赤」
「俺だってまだ名前と手繋いだことねーのに…」

及川がそう大きな声で叫ぶからチラリと目線だけ岩ちゃんに向けると、確かにそこには熟れたトマトみたいに真っ赤っかになった彼がそこに居た。

いつもどっしりと構えている岩ちゃんが顔を赤らめて慌てふためく様子は、なんだか可愛くて仕方がない。そう思うと、母性本能がくすぐられる音が胸の中でキュンと鳴る。けれど、揶揄われて恥ずかしいのか彼は手を離そうとするもんだから、私は少しだけ悪戯をしようと解かれないように手を強く握る。

「ばっ…苗字おま…!?」
「腕相撲、やろうよ岩ちゃん」
「っこんな状態で出来るわけねーだろうが!!」
「どんな状態でも常勝するのがチャンピオンってもんじゃないの?」
「……っ、クソッ」
「いいなー岩ちゃん!最高の誕生日プレゼントじゃん!!」
「ウルセェ黙ってろクズ川!!!!!!」
「格下がってんだけど?!」

そんな幼馴染二人のやり取りを横目に、まっつんが握り合った拳を上からやんわりと覆う。「そんじゃ、まぁ切り替えて。レディー………、」と彼が静かに呟けば、岩ちゃんも集中し始めたのか眼光が鋭くなっていた。試合中と同じくらい真剣なその眼差しに、私は段々笑えてきてしまう。いけない、こんなんじゃ負けちゃうのに。

「ファイッ!」
「う……!、え、待ってびくともしないんだけど…!!」
「チャンピオン、ナメんなよ?」
「ナメてたわけじゃな、い…!!うぐぐ…」
「アハハ、今度は名前ちゃんが赤くなってる」
「だってこんなの…!血も、登る…でしょ…!」
「岩泉、ちなみに今何パーくらいの力?」
「10くらいだな」
「嘘でしょ?!」

開始と同時にグッと力を込めた私だったが、不思議なことに岩ちゃんの腕はビクともしない。私はこんなにも最大出力だと言うのに。

「オイどうした苗字、そんなもんか?」
「くっ…悔しい……!!!」
「名前、お前もう勝ち目ねーって。そろそろ諦めたら?」
「貴大は黙ってて!」
「ぴぇん…」
「可愛くねー(笑)」
「俺のぴぇんの方が絶対可愛いもんね!」
「及川も黙って…!!!」
「ぴぇん」

「お前のはムカつく」と貴大と松川が声を揃えて言っているのも笑えてきちゃうし、疲れてきたしで力がどんどん入らなくなってきている。せっかく私が勝って、あっと驚くような思い出でも残そうかと思っていたのに。極め付けには、岩ちゃんに手抜かれてるし。

「岩ちゃん、本気の勝負してよ…!」
「それは良いけどよ、…花巻、そこにタオル敷いてくんね?」
「タオル?良いけどなん…あー、だな。その方がいーわ」

岩ちゃんと貴大が何の意志の疎通をしたのか、目の前の拳を動かすことに必死になっている私はサッパリ分からなかった。けれど、貴大が私の右側にスッとタオルを置いた次の瞬間、全てを悟ることになるなんて。

「苗字」
「何?」
「集中しろよ」
「集中?してるに決まっ……うわぁ??!!!!」

ドスッと鈍い音が聞こえたと同時に、私の手の甲はふわふわの何かに叩きつけられていた。ぱちくりと数回瞬きをすると、自身の手が岩ちゃんの手によってしっかりと床に押さえつけられている絵が見えた。

「え……」
「痛くなかったか?」
「それは大丈夫、だけど…今の何?」
「苗字、岩泉に負けたんだよ」
「うそ」
「この状況で名前ちゃんに嘘ついてどうすんのさ」

どうやら、私は呆気なく岩ちゃんとの勝負に負けてしまったらしい。骨は折れなかったから良かったけれど、見事に一瞬で敗れてしまった。

「せっかく勝ってお祝いしようと思ったのに」
「俺に勝とうなんざ100万年早ぇよ」
「…そうみたい」
「ま、でも苗字が真剣に戦ってくれてんのは嬉しかったし楽しかったぜ」
「本当?」
「おう。だから、ありがとな」
「…よかった!お誕生日おめでと、岩ちゃん」
「ハイハイお前らいつまで握ってんのーもうとっくに試合終了デスヨー」
「あ〜?マッキーったら、もしかしてヤキモチ?」
「ちげーし。次俺vs岩泉だから早く名前に退いてほしかっただけだし」
「花巻それ言い訳にしか聞こえないけど大丈夫?」

ウルセェ!!と叫ぶ貴大と位置を交代し、私はそのままの流れで第二試合を見守る。二人は手を握り合った瞬間から「花巻お前ちょっと手首内側入れてんだろ!」「入れてません〜〜」と言い争いをし始めるわ、横では及川が「真のゴリラが勝つか、ピンクのゴリラが勝つか実物だね」だなんて言っているわ。まっつんに至っては「早くポジションセットしてくんない?」と呑気にしている。

この賑やかだけど不思議と居心地の良い時間も、いつかは終わってしまうのか。そう思うとひどく寂しい気持ちが顔を覗かせるけれど、この日が皆にとっても、私にとっても、どうか楽しかった記憶として永遠に残りますように。

そう願いながら、私はこの青春の一ページを深く胸に刻み込むのだった。




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