薄暗くて・湿っぽくて・お世辞にも綺麗とは言えないスリザリンの地下牢が、その日だけは色とりどりの電飾や折り紙の輪っかによって普段とは対照的な賑わいを見せる。寮生全員を集めて毎年クリスマスイブに行われるこのパーティを、ナマエはとても楽しみにしていた。
一年ぶりに戸棚の奥から引っ張り出してきた「特別な日用」の赤い髪飾りをして、鼻腔を満たすケーキやご馳走の匂いに口元を緩める。寮中で為される和やかな談話・俄かに色めき立つ恋人たち。その場にいるだけでも高揚感に胸が弾んだ。
だが、そんな彼女の隣には、至極機嫌の悪そうな鉤鼻の男が一人。
「人の多いところは嫌いだ」
「まあまあ。折角だし、今日のところはみんなでわいわいやらない?」
「そうさミスター・スネイプ。きみがそんな顔ばかりしていては、隣のレディが可哀相だろう」
シャンメリーのグラスを片手に気障っぽく微笑む上級生に肩を叩かれ、彼は一層眉間の皺を深くした。そして舒にナマエの手の甲に口付けようとしたルシウスの長い髪を、さりげなくそばにあった蝋燭の火に触れさせる。
「マルフォイ先輩」
「ん?何だいミスター・ブラック」
「燃えてますよ」
ルシウスにさんざ連れ回されていたらしく疲れた様子のレギュラスが、背後から冷静に・今彼の毛先に起こりつつある悲劇を指摘した(心なしか、こちらの少年も憎らしそうに顔を引き攣らせている)。事態を把握したルシウスは蒼白になり、小さな悲鳴と共に慌てて自室の方へと引っ込んでいった。哀れな男である。
「あっ、レギュラスもいたんだね。メリークリスマス」
「こんばんは、ナマエさん。スネイプ先輩と一緒にいてくれて助かりました」
「? 何それ」
因みに先程の件のある意味元凶とも言える彼女は、全く以って何が起こったのかわかっていなかった。
溜息を吐く二人の少年に挟まれ、素知らぬ顔で喜々としながら・傍のテーブルにあったハニーチュロスを食べ始める。鈍すぎるのもそれはそれで困りものだ。
その様子をセブルスとレギュラスが黙って眺めていると、突然ナマエが思い出したように口を開いた。
「そういえば、レギュラスに伝えなくちゃいけないことがあったんだ」
「どうかしたんですか?」
「あのね……」
「やあ、ナマエ!来たよ!」
「……後でシリウスたちも遊びにくるよ、って、言おうと、したんだけど」
どうやら遅かったようだ。
緩みかかっていた少年たちの表情が、突如現れた俺様眼鏡とその愉快な仲間たちによって再び険悪になる。地獄の底から絞り出すような声で「何しに来た、貴様ら」と尋ねたセブルスに、彼らはあっけらかんとして答えた。
「スニベリーがナマエと万が一にも甘いクリスマスを過ごしたりしないよう邪魔するため」
「可愛い弟と親睦を深めるため」
「珍しいお菓子が沢山あるってナマエから聞いて」
「ご、ごめんね……」
どれが誰の発言かは言わずもがな。
レギュラスは呆れ返り、セブルスに至っては今にも死の呪いを繰り出さんばかりの凶悪な目付きをしていたが、「やっぱりパーティは大人数の方が楽しいよね」と顔を綻ばせるナマエを見てしまってはもう何の抵抗もできなかった。
がっくりと肩を落とすスリザリンの少年たちを見た悪戯仕掛人一行は、満足してそれぞれの目的を行動へ移し始める。
シリウスは嫌がるレギュラスの手を引いて部屋の奥に・リーマスはすでにテーブルの上のケーキに夢中になっており、その様子をピーターが心配そうに見つめている。そして、ジェームズは隣のセブルスなど存在していないかのように、ナマエと真っすぐ視線を合わせながらその赤い髪飾りに触れた。
「これ、初めて見るね。似合ってるよ」
「ふふ。ありがとう、貰い物なの」
嬉しそうにジェームズへ笑いかける彼女を見て、セブルスは自分の脳が煮えていくのを感じる。だが、生憎彼がナマエの手を取ってパーティ会場から連れ出すには、そのプライドと羞恥心が邪魔をした。
ただ黙って顔をしかめるセブルスに意地の悪い視線を投げかけ、ジェームズは彼女の腰に手を回す。
「わっ、」
「ねえ二人で抜け出さない?プレゼントも渡したいしさ」
「、でも」
「スニベリーなんかといたってつまらないじゃないか。せっかくのクリスマスなんだもの、楽しまなきゃ」
「……そうだね、楽しまなきゃね」
じゃあ私、セブルスと行くから。
セブルスが自分の名前を呼ばれたことに気付いたときには、すでにナマエが彼としっかり腕を組んで・ジェームズに別れを告げた後だった。
「ポッターはいいのか」
「セブルスは私がジェームズとお喋りしててもいいの?」
「っ、それは」
「私は嫌だよ」
ぽつりぽつりと会話をしながら人気のない廊下を進み、寝室へ続く階段の上に腰かける。向かい合ったナマエがなんだか泣きそうな顔をしているのを見て、セブルスは内心ぎょっとした。
「折角のクリスマスにセブルスが私以外の女の子といるなんて、絶対やだ」
そう言って、彼女は俯いてしまった。
狼狽したセブルスがとりあえず震える肩に手を添えようとすると、潤んで赤くなったその目が唐突に彼を射抜く。
「馬鹿にしないでよ」
「……悪かった」
「私はね、ずーっと前からセブルスと一緒にいるのが一番楽しいの!」
ふと、セブルスはローブのポケットに今までなかった重みを感じ、中を探る。
手に触れたのは、丁寧にリボンのかけられた黒い万年筆だった。
「去年貰った、この髪飾りのお返し」
そう言って、ナマエはセブルスの背中に手を回した。
ああ、何だ・そういうことか。
一度理解してしまえば恋ほど単純明解で幸せな感情はない。普段浮ついた雰囲気を毛嫌いしていたセブルスではあるが、幸いにも今日はクリスマスだった。
お互い耳まで真っ赤になりながら、二人はゆっくりと視線を合わせる。
「セブルスに好きって言うために、私一年も待ったんだよ」
「だったらきみの負けだな。僕は入学した時からずっと好きだった」
「ええーっ!」
そして、笑った。
また来年もよろしく