頂きもの・捧げもの | ナノ


▽ 1


年の明けたセントシュタイン。お正月の街中は賑わいを見せている。屋台なども立ち並び、お祭り騒ぎであった。
そんな中のことである。

「あ、あの……アルティナさん」

ロビーの椅子に座るアルティナを呼び掛けたのは、リタの恩人であり、その経緯でセントシュタインの宿屋で働くことになったリッカであった。意外な思いで振り向いたアルティナであったが、そう感じたのはアルティナだけではない。その場にいたルイーダや ロクサーヌなど、宿屋の面々も思わず注目してしまっていた。

「何か用か」

「その、少しお願いがあるんですけど今……というか、これからお暇ですか?」

「……まぁ、」

これといった用事はなく、本を読んでいただけなので、曖昧に頷いておく。すると今度はリッカは質問……というか確認を取ってきた。

「アルティナさん、体調はもう良くなりましたか?」

「おかげさまで」

実はアルティナは数日前に風邪を引き、年の瀬はずっとベッドに倒れ込んでいたのである。元旦にはほぼ復活していたのだが、一人だけリッカの宿屋の掃除を手伝えなかったという、仕方ないとはいえ、ほんのりと後ろめたい思いがあったりする。

「それなら良かったです。それと今って、お正月ですよね」

「……それは確認するまでもないと思うが」

「そ、そうですよね。それじゃ、えっと……外がとても賑やかなのもご存知ですよね?」

「それも知ってるが……」

「あっ、そういえばアルティナさんにまだ言ってませんでした。すみません! あけましておめでとうございます」

「おめでとう……って、あんた結局何が言いたいんだ?」

訝しげにリッカを見上げるアルティナに、リッカはついに思いきったように“お願い”を口にした。

「あのっ、一緒に外へ遊びに行ってくれませんか?!………………リタと!!」

「…………はぁ、」

リッカの紛らわしい発言に、その場の全員がずっこけそうになったのは言うまでもない。そのお願いには、アルティナも気の抜けた返事をしてしまった。

そこに、ルイーダが呆れたように横やりを入れた。

「全く……ビックリさせないでちょうだい。まさかのラブバトルが勃発するのかと思ったじゃないの」

「え? ……あっ、ち、違いますよ?! そんなわけないじゃないですか! 私には好きな人も気になる人もいないんですから!!」

リッカは少し……いやかなりニードがかわいそうになる宣言をすると、その“お願い”のワケを説明した。

「リタには、いつも宿屋の手伝いをしてもらって助かってるんですけど……もしかしなくても、冒険の合間をぬって来てくれているんでしょう? 昨日も大掃除を手伝ってくれたし、お正月くらいゆっくり息抜きしてほしいなって思うんです。でも私は宿屋の仕事があるし、だから……」

アルティナがもし暇なら二人で遊びに行けば良いんじゃないか、と。

確かに、リタは暇さえあれば宿屋を手伝っていたとアルティナも思うが……しかし。

「本人がやりたいと言ってるなら、変に気を使わなくても良いんじゃないか?」

実際、強制されているわけでもなく、リタはリッカの宿屋を手伝っているのだ。アルティナも頼まれれば手伝うが、リタは率先して何か仕事がないか探している。本人が全く苦にしてないのだから、そのような気遣いも不要でないか、とアルティナは思うのである。

「そうでしょうか……」

「そんなことないわ!」

迷いを見せたリッカであったが、いつの間にか隣でルイーダが主張し始めた。

「リタはきっと、好きで手伝っているんでしょう。だけどね……息を抜くことも必要だと、私は思うのよ!! てことで、行ってくるのよたアルティナ! あ、そういえば卵切らしてたから、帰りに買ってきてくれると助かるわ」

「いや、まだ行くとは……」

言っていない、と言おうとしたところにドアの開く音がした。話題になっていることも知らず、リタはその部屋全員の視線が自分に向いていることにたじろいた。

「えっと……皆どうしたの?」

「ちょうど良いところに来たわねリタ!」

「え?」

わけも分からずドアの前で突っ立っているリタの後ろから、もう一人……カレンも顔を出した。

「リタ、どうかしまして?」

「あら、カレンもいたのね」

「あらルイーダさん、何かご用かしら?」

「ええ、少しリタにね」

名指しされたリタは首を傾げた。特に見に覚えはないので何か頼み事でもあるのだろうか、と思ったが、予想は大きく外れることとなる。

「ちょっとアルティナが外の空気を吸いたいらしいから、つきあってくれない?」

「え?」

「は?」

声は両方向から聞こえた。言わずもがな、リタとアルティナである。

「ほら、アルティナってば風邪引いてからあまり外に出ていないじゃない? 体に悪いと思うのよねー。だから、二人で遊びに行ってらっしゃいな。気分転換だと思って、ね?」

「えーと、アルが良いなら行きたいですけど……そうだ、それならカレンも一緒に行こうよ」

「そうですわね……」

その時、カレンとルイーダの目が合った。ルイーダの目配せにカレンがちゃんと分かっている、という風に小さく微笑んだ。目線だけの会話であったが、両者の間では意思の疎通がしっかり出来ていた。

「ごめんなさいリタ。私、少し教会に用事があったのを思い出しましたわ」

「そっか……それじゃあ仕方ないね」

「ええ、アルティナと楽しんで来ていらして」

だますことに少々良心が痛んだものの、これもリタのためだ。旅に出ている間、この二人の関係にはじれったい思いをさせられているので、このくらいはしないとダメだろうと、今までの経験からカレンは学んでいた。

「ほら、ぐずぐずしてると時間がもったいないわよ。アルティナの本は預かっておくから、それじゃ、いってらっしゃーい♪」

「は? いや、だから行くとは……」

「ちょっと、ルイーダさん!?」

有無を言わせない勢いに圧され、外に放り出された二人を、その場の全員は生暖かい視線で見送ったのであった。

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