▽ 4
勢いで飛び出して来てしまったけれど。
(変に思われちゃった……よね、やっぱり)
木の根元に膝を抱えて座り込む。風が吹く、けれど辺りは物音一つしない。建物はもちろん、草も花も、そして今リタが寄りかかっている桜の木さえも――全て石で出来ている。旅の途中、女神の果実を求めてやってきた石の町。石で出来ている以外はエラフィタ村そのものであるこの町にリタはいた。理由はいたって簡単。誰もいないからである。今はとにかく、人のいない場所で落ち着いて考え事をしたかった。というのも、バレンタインデーのことで引きずっていることがあるからで。
このままではいけない。それは分かっている。
(どうすれば良いんだろう……)
謝るのが一番早いだろうとは思う。でも、どう謝れば良いのか。”お菓子が嫌いとは知らずごめんなさい“?
(それはあまり……気が進まないかも、)
この前の少女達の話によれば、アルティナは今まで女の子から一切バレンタインチョコレートを受け取らなかったらしい。しかも理由は”お菓子は嫌い“という、何ともどストレートなものであった。
それでも、リタの時は受け取ってくれた。どうしてか、そんなものはすぐに分かった。
(私のこと、ちゃんと認めてくれてるんだ)
アルティナは、他人に対してはかなり冷めている――面識のない場合は特に。どうでも良いとさえ思っているかもしれない。何かしらの関心を引かない限り、人の顔や名前はあやふやで、相手のことも考えずに言いたいことをハッキリそのまま言ってしまう。だから、前にルイーダが言ってたように喧嘩やら乱闘やらが頻発することになる。
(でも……それだって最近はあまりないみたいだし)
カレンとよく喧嘩しているが、あれはまた質が違うと思う。人とはかなりの距離を置く人だから、最初は取っ付きにくいのだろうけれど。
(でも、優しいところもあることは知っているから)
まぁ……だから今回みたいなことが起こったわけだ。果たしてアルティナの気遣いを無駄にしてしまって良いものか。いや、しかし謝らなければ気が済まないし申し訳なさもある。さて、どうしたものか……このようなループ状態で、ぐるぐると考えていたところであった。
考えに没頭すると周りが見えなくなってしまうのがリタのクセである。今回もどうやら、そのクセを発揮していたようだ。
「……こんなところで何をしてるんだお前は」
突如、頭上から見知った声が降ってきた。――今回ほど驚いたことはない。
「へっ?! あ……アル?! 何で……」
「”何で“はこっちが聞きたいんだが」
無機質な桜の大木の根元で体育座りをして縮こまる少女に、アルティナは呆れたような眼差しを向けていた。
悩みの渦中にあるご本人がまさかの登場で、思わず声が裏返りそうになった。
「どうしてここがっ……」
バレたか、もしくは分かったか。答えは単純にして明快。
「お前が行ったことのある場所で人気のないところに目星を付けたんだが。あっさり見つかったな」
「う……」
こうも簡単に見つかってしまうとは……。自分にはかくれんぼの才能が全くないらしい。
「……で、一体何を悩んでるんだ。言え」
もはや命令である。しかも悩んでいるのはバレンタインひいてはアルティナに関することで、それを本人に言うのはさすがにはばられるというか何と言うか……要するに、ものすごく言いづらい。
「それは、その……」
言えない。かたくなに口を閉ざしていると、アルティナは今度は呆れたような溜め息を漏らした。
「……こっちはもう大体の検討はついてるんだ。無駄な抵抗は止めるんだな」
「え……えぇ?!」
まるで、ついに追い詰めた犯人に言うようなセリフを突きつけられ、困惑すると共にドキリと胸が跳ねた。
検討がついていると言う、アルティナ。何が? ……そんなこと聞かなくでも、さすがのリタも分かってしまう。今抱えているこの悩みは、バレている。
「十中八九、バレンタインのことだろう。お前は本当に分かりやすいな」
良い意味でも悪い意味でも、とでも言うようなアルティナの言動であった。しかも、やはり図星。
「ど、どうして……」
「見てれば分かる。さっきからずっと目を合わせようとしない。ホワイトデーの話を振れば挙動不審、よく分からない謝罪を口走り、果てには逃走とか、疑ってくださいと言ってるようなもんだろうが」
「…………う、」
どうしよう……自分で言うのも何だが、それはあからさま過ぎた。
「それは……えと、ごめんなさい」
これは果たして、何に対しての謝罪なのだろう。しかしもう、バレンタインについて悩んでいることを
暗に白状しているようなものだった。
「お前は謝るようなことなんか何もしてないだろ」
「それは……だって、私は」
アルティナに何にも返せてない。いつもいつも助けてもらってばかり。
女神の果実は、アルティナとカレンがいてくれたからこそ手に入れることが出来た。これからも助けてもらうことになるだろう。だから、二人の力になれれることがあればと、思うのだけれど。
「えと……アルには迷惑ばっかりかけるし、冒険する限りはこれからも多分かけることになるし、その分は私もちゃんとお礼したいなと思ったんだけど、でもやっぱり失敗しちゃったし」
「失敗?」
「……アルがお菓子嫌いとは知らなくて、その……ごめんね」
しょんぼりうなだれる姿は何だか捨てられた子犬のようだ。
さて、何と言ったものか。アルティナは渋い顔でリタの目の前にしゃがみ込んだ。
「……別に嫌いとは言ってないんだが」
「……え?」
「菓子は好きでも嫌いでもない。ただ、それじゃ貰わない口実にならんだろう」
「口実……」
嫌いではないなどと、そんなことを言ったらきっとバレンタインには目の前にチョコレートの山が出来る。……比喩でも何でもなく。
バレンタインにチョコレートを誰に贈ろうが個人の勝手だが、知らない奴からしかも大量に受け取るこっちの身にもなって欲しい。手作りはもちろんのこと、好きでも嫌いでもないものが山盛りで来てしかもそれら全て食べろとか、嫌いなものを食べろと言われるよりも嫌だと思う。
「だから、バレンタインは今まで受け取らなかった。貰っても捨てることになるだけだ。だったら貰わない方が良いに決まってる」
貰って捨てるなどという、そんな不毛なことはしたくない。
まぁ、貰わないせいで少女が泣いて立ち去る様子を見送るなんてかなり後味の悪いことになったりもする。が、そこまで悲しむほどのことかとも思ってしまう。
自分のことながら、冷たいヤツだとは思う。
「……最低、か。本当にな」
自嘲混じりに呟いた。カレンの言っていたことを思い出す。直球なだけに、なかなか堪える。
それに反応してか、リタが顔を上げて反論した。
「アルは最低なんかじゃないよ」
最低だったら、こんなに悩んでいない。自分を探してここまで追って来たりなんかしない、と。これだけは、言える。
「確かに、あまり人には分かりにくいかもしれないけど、アルは優しいから……だって、悪いって思ってるんでしょう?」
あちらこちらにさ迷っていた視線が、こういう時ばかりはアルティナを真っ直ぐに見据えてくる。先程まで落ち込んでいた様子とは全く異なり、意思の強ささえも感じる。
他人のこととなると、どうしてここまで一途に捉えて信じることが出来るのだろう。……自分のことになると途端に自信を失くすくせに。
「俺は……お前が思うほど良い人じゃない」
正直すぎる視線に堪えられず、今度はこちらがそっぽを向くことになる。額に手を当て俯いた。
「そんなことないよ。だって私、アルとずっと一緒に旅してきたんだから、それくらいだったら分かるよ! ……味の好みとかは分からないんだけど……」
普通、逆じゃないだろうか。思わず吹き出しそうになるのを堪えて、アルティナはリタに向き直る。
「お前は相変わらずだな」
初めて会った時から、ずっと変わらない。嘘がつけない程の正直者で、周囲に流されそうになることはあるけれど、自分の意思はしっかり持っていて変なところが頑固。
「だから、お前のは貰ったんだ」
最初、何を指すのか分からなかったらしくきょとんとしていたリタであった。が、バレンタインのことだと悟ると慌てて何か言い募ろうとする。「でも、」と言いかけたのを制して、アルティナが有無を言わせない一言を言い放った。
「あのな、言っとくがお前のは欲しかったから受け取っただけだ、文句あっか」
半ばヤケ、半ば本気。どうしてそう、こちらが照れてしまうようなことを言うのだろうか。そんなアルティナの一言に困ったように眉尻を下げる。リタの反応を楽しんでいるのか、アルティナがすい、と目を細めた。
「それで? 誤解が解けたところでホワイトデーにお前が変な遠慮をする必要もなくなったわけだが……」
ぎくりと、肩を揺らすリタ。何となく口走ってしまったのはやっぱり。
「ご……ごめんなさい」
「……さっきも言ったはずだが、お前が謝る必要はないだろ」
アルティナの呆れた表情を見るのは今日だけで何回目だろう。
「謝るんだったら欲しい物の一つでも言え」
「で、でも私、今これと言って欲しいものが……」
「何かしらあるだろ。全くないなんてあるもんか」
そんなバッサリと言い切られても、本当に今は欲しい物とかないのだけれど……。というか、いつの間に言わなければいけないみたいなことになっているんだろう。そんなことも頭の端で考えながらもリタは「あ、」と声を上げた。欲しいもの……とは言っても、
「えっと、物じゃなくても良いなら……」
やっぱり、欲しい物は思い付かないから。
「一緒にウォルロ村に行きたい」
天使だった頃、リタが守護天使として担当していた村。とは言っても、師匠と代変わりしてからあまり経たないうちに人間界に落っこちたわけだが。
「ウォルロ村、ね。お前は本当に……」
天使というのは、欲のない生き物なのだろうか。それとも単にリタが変わり者なのか。
はにかみながらそんなことを言うリタに、アルティナはもう苦笑するしかなかった。やはり、ホワイトデーは自分で考えるしかないらしい。
「そうだな、今度行ってみるか」
リタの頭をくしゃりと撫でる。それから、立ち上がって手を差しのべた。
「そろそろ……日が暮れる前に帰るぞ」
「うん!」
ここに来た時とは打って変わって、笑顔を浮かべていた。やっといつものリタに戻ったようで、ひとまず安心したが。
――さて、どうしたものか。
隣でルーラと唱えるのを聞きながら、アルティナの当初の悩みは振りだしに戻るのであった。
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