頂きもの・捧げもの | ナノ


▽ 3


「はぁ……」

憂いを帯びた溜め息を一つ。ついこの前、少女達に言われたことが頭をぐるぐると回っていた。いわずもがな、バレンタインデーに関するアルティナの噂についてである。

(お菓子が嫌いだったなんて、知らなかったなぁ……)

アルティナは基本、食卓に出されたものは何でも食べる人である。しかも顔色一つ変えずに食べるし、何も言わない。おかげで何が好きで何が嫌いかなんて分からない。てっきり好き嫌いがないものだと思っていたのだが……ここに来て判明するとは。

(私って……アルのこと結構分かってないかも)

随分長く一緒に旅してるはずなのに。後から一緒に旅することになったカレンの好みとかの方が把握しているような気が。

(いつも気を使わせてる気がするし、嘘なんて一瞬で見破られるし……)

いや、嘘はつくのが下手だからかもしれないけれど。考えれば考えるほど迷惑にしかなってないように思えて、さらに気分は下がっていく。そう、思えば自分は最初から迷惑ばかりかけて……

「あれ……リタ、どうしたの?」

「リッカ……」

どんよりとした気配をまとわせるリタを心配してリッカが声をかけた。リタが顔をのぞかせると、リッカの他にカウンターにはルイーダやロクサーヌなど、宿屋の従業員がそろっていた。金庫番のレナもいる。テーブルにつくカレン、背中を合わせるようにカウンター席に腰かける、アルティナも。……思わず一歩引きかけた。

「リタ?」

「……あ、ううん、何でもないよ」

とにかくその場を逃れたくて、そそくさと宿の出入り口へ向かおうとしていると、ルイーダがリタに気が付いた。何かを面白がっているような目付きで……それはきっと、アルティナに関わることなのだろうと思った。こういう時、アルティナは大抵ルイーダと正反対の表情をしている。……ただ今回に限って言えば、何だかバツが悪そうな感じでもあったけれど。

「あら、噂をすればリタじゃないの。ちょうど良いわ。あなた今欲しいものとかない?」

「ほ、欲しいモノですか?」

どうしてまた急に。
唐突に問いかけられ、咄嗟には答えられない。考え込むリタに、追い打ちをかけるような言葉も続いた。

「ほら、もうすぐホワイトデーでしょう?」

ホワイトデー。
……忘れていた、そんな日もあったということを。
それを聞いたリタは文字通り固まった。
「……リタ?」

「ホワイトデーのことは……気にしないでください……」

「え? ちょっとリタどうしたの?」

ちょうどホワイトデーにまつわる悩みを抱えていたわけなのだが……言えない、絶対に言えない。

「今は困ってることもないし、これと言って欲しいものは特に……」

「まぁまぁ、そう言わずに何かない? アルティナもちょっと困ってるみたいだし」

「おい、」

それまで黙っていたアルティナが口を出した。「いいじゃない、本人から聞き出すのも一つの手よ?」「別に困ってるわけじゃないし勝手なことするな」そんなルイーダとアルティナの会話も何だか遠く聞こえる。
――困ってる。
その言葉が胸に突き刺さるようで。

「こっ……困る程考えなくても大丈夫だから! 何て言うか、その……ごめんなさいっ!!」

「えっ、ちょっと待ってリタ?!」

謎の謝罪を残し、リタは外へ飛び出して行った。一体全体どういうわけなのか、事情を知らないその場の全員が出入り口の扉をポカーンと見送っていた。

「……本当にどうしちゃったのよリタ」

「よく分かりませんが……数日前からあんな感じですわ」

カレンもリタの様子がいつもと少し違うことに気が付いていた。

「数日前……ですか。何かあったかしら」

心配そうに呟くリッカ。それから「あ、」と何か思い付いたように手を叩いた。全員の視線がリッカに集中する。

「そういえば、私、少し前にリタが女の子達に囲まれてるの見ました」

「女の子達に?」

その時のことを思い出そうとリッカの視線が上に向けられる。ちょうど洗濯物を取り込もうとしたところだった。偶然見かけただけだったけれど、珍しいなと思い、記憶の片隅に残っていたのだ。

「女の子達は普通に話してましたよ、楽しそうに。ただ、リタはちょっと困ってた感じがしましたけど」

「リタって女の子のノリとか苦手そうだものねー」

あのキャピキャピとした輪の中にまざるリタ……あんまり想像出来ない。
しかし、だからこそ気になることが一つ。

「一体、何をお話ししてらっしゃったのかしら……」

皆が首を傾げる中、リッカが自信なさげに呟いた。

「えっと、さすがに会話までは聞こえなかったんですけど……少しだけ、戦士がどうのって聞こえたような気が……」

「戦士?」

今度はアルティナに注目が集まった。居心地悪そうに「俺とは限らないだろ」と言う、が。

「あっ、そうだ! あとバレンタインって言葉も聞いた気がします!」

「………………」

……これはもう、“俺”にしか限れないような。皆の視線がそう言っている気がした。
もし、バレンタインデーのことでリタが落ち込んでいるのだとしたら。

「それでホワイトデーと聞いて固まってたのかしら」

「もしかしたら、バレンタインデーにチョコを渡そうとした女の子達をアルティナが手酷く振ったことを知ってしまったのかもしれませんわ」

「だからさっき謝ってたのかな、リタ……」

憶測ではあるが、言えば言うほど信憑性を増してくるようだった。
そして、それまで何かの帳簿をめくっていたレナがさらっと重い一言。

「さっきの”お菓子が好きじゃない“ってさ、嫌いって言ってるも同然よね」

一応今の話を聞いてはいたのか。そう思う傍ら、痛いところを突いてくれる。

「………………」

アルティナは黙って席を立った。何も言わないのは今までの言葉を無視しているわけでない。ただ、返す言葉もないだけで。何か言おうとしても、言い訳じみたものしか出てこない気がして、それが嫌だった。

「アルティナ、暗くなる前に帰ってくるのよー、リタと一緒に」

「……分かってる」

言われなくても。
――今まで、他人に対して無関心でいるように生きていた。
自分がどう思われようと知ったことではないけれど、思いがけずリタを傷つける結果となってしまったとすれば。今回のようなことがまた起きてしまって困る。だからと言って愛想を振りまけるほど自分は器用でもなく。人付き合いは苦手だ。
なら、どうすれば良いのだろう。

(……そんなこと、考えたこともなかったな)

戸を開けると、暖かな陽気に包まれた。あんなに寒かった冬は過ぎ去り、セントシュタインにも春が訪れようとしている。
さて、どこに行ったものか。
アルティナは、キメラの翼を宙に放り投げた。

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