アリアドネの糸番外 | ナノ


▽ バレンタイン2014


その日も、ステラは朝の一番混む時間帯に降りてきた。人目をはばからずに大きなあくびをする。誰も注意する人はいない。

「ステラ、おはよう」
「あ、リッカ。おはよぉ」

リッカが声をかけてくれたので、ステラはカウンターに寄った。そしていつも座るテーブルを見た。そこでは、すでに朝食を終えたリオとルウが――

「あれ……いない。ねぇリッカ、ルウとリオは?」
「ああ、あの二人はね、今お買いものに行ってるよ。そのあとウォルロ村に行くって言ってたけど。聞いてなかったの?」
「知らなーい。ウォルロ村なんか行って何するの?」
「本当に聞いてないんだね……じゃあヒント。今日の日付」
「今日の日付ぇ?」

ステラはリッカが出してくれたワッフルにクリームをつけて頬張りながら、少し億劫そうに言った。立ち食いをしても注意する人はいない。

「……あ、バレンタイン? でもなんでその日に限って」
「あの、すみません」

突然、横から女の子の声がした。ステラが振り向くと、三人のグループの女の子達がリッカの方を向いている。

「はい、いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
「いえ、あの……、きょ、今日はリオさん、来てないんですか?」

顔を見ればわかる。チョコレートを渡しにきたのだろう。リオは甘いものは好きだ。

「リオなら今朝からいませんし、今日はうちには泊まりませんよ」
「え……ど、どこに行ったかわかりませんか?」
「さあ。お客様の予定はわざわざ聞きませんので」

にっこり笑ったリッカが、何となく勝ち誇ったように見えた。
すごすごと去っていく女の子達を見送りながら、ステラはホットミルクをひと口飲んだ。

「……逃げたってわけね」
「半分当たり」
「えぇー、あとは何よぅ」
「ステラは仲間外れにされないから大丈夫。のんびりしたら?」
「うーん……なーんか納得いかない」


◆   ◆   ◆



かしゃ、と軽い音がして、卵が金属製のボウルに落とされた。先ほど混ぜたバターと分離しないように、と言われたように勢いよく混ぜる。
そのあと、事前にふるっておいた粉を何回かに分けて加える。ざっくりね、と言われた通り、木べらで切るようにかき混ぜた。思ったよりも簡単だ。今までの手順はもう完璧に覚えた。

「どう?」
「よくわからないが、こんなもので良いのか?」
「うん、大丈夫。ステラよりよっぽど飲みこみはやいよ」

ルウがそう言ったあと、二人して吹き出した。後ろでは、テーブルに腰かけたリッカの祖父が穏やかに船を漕いでいた。

「それにしても、リオと一緒にお菓子作りができる日が来るなんて」

ルウが隣に来て、リオと同じようにボウルの中身をかきまぜはじめた。こちらは少しどろっとしている。

「バレンタインデーは何も、女だけが贈りものをするわけではないと聞いてな……」

リオはそう言って、木べらを持つ左手をぐりん、と回転させた。ルウは横からココアパウダーを入れた。

リオはきっと、本命だとか義理だとか、そういうバレンタインデーの本当の意味を知らない。それは去年、ルウが色んな人にチョコレートを配っていたからだ。
それでもルウは良かった。こうしてリオと並んでキッチンに立つ機会ができたのだから。

「きっと一番びっくりするのはステラだね。リオはお料理しないと思ってるもん」
「ルウだって少し前は思っていただろう」
「だってリオがエプロンって……似合わない!」
「ったく……」

リオは自分のできあがった生地を丁寧に伸ばし、ルウは紙のカップと抜き型を取ってきた。型の方はナザムの武器屋の特注である。
まずルウがひとつ抜いてみせ、リオはそれにならって生地を抜きはじめた。その横でルウは自分のタネをカップに流しこむ。
リオはひと足先に作業を終えると、手を洗いながらルウの作業を眺めていた。

「そんなに少なくて良いのか」

ルウがカップに思いのほか少なくタネを入れているのが気になったらしい。

「うん。焼いたら結構ふくらむの。だから、半分くらい入れるのがちょうど良いんだよ」

やがてルウも作業を終え、あらかじめ火を入れておいたオーブンへそれぞれの天板を投入。あとは焼きあがるのを待つだけだ。そのままリオは水を汲みに出かけ、ルウは使った調理道具を洗いはじめた。

リオはすぐに戻ってきて、ルウが洗ったそばから拭いて片付ける。やがて香ばしい匂いがわずかに漂ってきた。

「そろそろかな……?」

ルウはオーブンの扉を開けて中を覗いた。たちまち熱が漏れて、ルウの顔を赤くする。
クッキーの裏側を見たり、ぷす、とマフィンに串を刺してみたりと焼き加減を確認。
再び扉を閉めて、ふうっと息を吐いた。

「どうだった?」
「うまくいってるよ。もう少しおいて、焼き色が濃くなったら完成!」
「そうか。良かった」

人間界に触れているときの、リオのこの無邪気な表情がルウは好きだ。

「どうやって包もうか?」
「よくわからんが……去年ルウがやっていたみたいにすることならやりたくないな。かさ張るし無駄だ」
「じゃあ遠い人だけ包んで、あとはバスケットとかにまとめちゃおう。私が用意するから、リオはオーブンから全部出して」
「わかった」

リオは綿をつめたミトンの手袋をはめて、オーブンの重い扉を開けた。熱気と、チョコレートの甘い匂い、砂糖の少し焦げたような匂いが、リオの両手を誘う。
誘惑に従って両手を伸ばし、天板の端をしっかり掴んでゆっくりと引き出す。胡桃色がつくり出す小さな小さな陽炎を、リオは静かに吸いこんだ。成功だ。

「ね? ちゃんとふくらんだでしょ?」

ルウが得意げに言うように、マフィン達はカップの中にぴったり収まっていた。その姿が「僕たち良い子でしょ」と言っているふうに見えて、リオは微笑った。
ルウはその中のひとつと、リオが次に出した天板のクッキーをふたつ、葉書くらいの大きさの薄い紙の袋に入れた。口をくるくる折って、角を斜めに折れば完成。

「慣れてるな」
「小さいころね、お母さんと一緒によくやったの。寄付をしてくれる人達にお返しするのに」
「なるほど」

ルウがいくつか包む間、リオはふたつのバスケットの中にクッキーとマフィンを別々にきっちりつめた。

これで準備は整った。

「できたね」
「できたな」
「私は宿屋の皆に配るから、リオも頑張って行ってきてね」
「ところで今日はどこに泊まるんだ?」
「ここ」
「そうか。じゃあ終わったらまたここに戻る」

リオがリッカの家の玄関を開けた。
空はまだ明るくて、冬の冷たい風がリオとルウのオーブンで火照った頬を撫でた。「良い風だ」とリオが小さく呟いた。

「……ね、リオ。どっちがはやく戻れるか競争しようよ」
「勝ったら何かあるのか?」
「んーとね……今日の夜ごはんを作ってもらえるの」
「明らかに俺が不利だろ」
「私キメラの翼使わないから」

リオは家の中をちらっと見た。リッカの祖父は未だ大航海中だ。そして、ゆっくりと口角を持ち上げた。

「良いだろう。……ああ、そうだ」
「何?」
「オーブンの火、消しといてくれ」
「あっずるい!」

リオは素早くルーラを唱えて出発してしまった。偶然忘れていたとはいえ、してやられた。
しかし火の始末はきちんとしなくては。

「絶対負けないんだから!」

ルウは玄関の扉をそっと閉めると、全速力で村を飛び出した。




終わった……(´∀`*)
なんかすごい満足です。ほんわかできた。長編は物騒な会話ばっかりですからね。
ステラとレスターはどうなんですかね、こっち来るんですかね? 皆さまのご想像にお任せします。
競争の結果ですか? どっちが勝ったってどうせ二人で作るんですよ、けっ(*`Д´)←

こちら、2月いっぱいフリーでございます。どなたでもお持ち帰り結構ですよー(^^)
ちなみに報告は任意です。していただければ遊びに行かせていただきますぅ!!

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