▽ 天使の唄
「……そういうわけで、うっかり口に出してしまった」
「リオもステラには敵わないね」
リオとステラは夕方近くなって城下町の宿屋に戻り、レスターと合流して食事を摂った。それから夜になって、リオはルウの休む部屋におとずれた。今日の稼ぎの成果と、ステラに旅の目的を話すことになったいきさつを話した。全く無意識に誘発されたようなものだ。
「信用したかどうかは別だが、ものわかりが良くて助かった」
帰りの道中に自分の生まれと、世界樹、人間との関わり、女神の果実のことをかい摘まんでステラに話して聞かせた。霊が視える、と言ったときのうさんくさそうな顔が思い出されて、リオは思わず苦笑した。
「大丈夫。ちゃんと信じてくれるよ。私は、リオが本気だってわかるから」
「そうか。……ひとつ聞いても良いか?」
「うん、何?」
リオは部屋をゆっくり見回した。
「なぜ俺の荷物がここにあるんだ」
「えーっと、それね、レスターが『身体が弱ってるときはー、信頼している人がそばにいた方が良いよねー』って勝手に部屋割りを変えちゃったの」
「ルウはそれで良いのか」
「リオがいてくれるのは嬉しいよ?」
そういう問題ではない。しかしここで師匠に教わった男女の清い関係の何たるかを言っても無駄な気がした。自分もあまり理解しているとは言えないが。嫌ではないなら良いだろう。
「昼間いっぱい寝たから、眠れないなぁ」
ルウがブランケットの端を掴んで首まで引き上げた。すっかりくつろいだ様子だ。リオは何となく嬉しくなった。
「ねえ、リオ。リオは、ナイフ投げの他にも何かできることあるの? 例えば、楽器とか」
「ああ、楽器なら今回持ってきてはいるぞ。ステラが的になるのが無理だったときのために」
見るか? と聞くとルウが頷いたので、リオはかばんからつやのある袋を取り出した。紐をほどくと、人の顔くらいの大きさの楽器が出てきた。
ステラの手首ほどの太さの枝をしならせてアルファベットのUのような形をつくり、両端を金属の細い棒で貫いてある。棒から反対側の円弧を描いた枝まで、七本の様々な太さの弦が張ってあった。棒の枝から飛び出た部分の片方は輪になっていて、金色の輪がふたつぶら下がっていた。リオの手元を良く見ると、枝に細かい羽根の模様が彫ってあった。
「ロッタ≠ニいう楽器だ」
「聴かせて!」
ルウががばっと飛び起きた。
「聴かせるって、短い曲ひとつしか弾けないぞ」
ルウがすっかり聴く体制になってしまった。仕方ない。リオは少しためらいながらも右手でロッタの端を軽くにぎると、左手の指を弦に這わせた。規則的なリズムで弦をつまびき、低い、穏やかな旋律で部屋を満たす。
リオはそっと息を吸った。
集え、魂よ
星を集め 悲願を叶えん
我らは風である 我らは空である
か弱きひとの世に降り立ち
その身を捧げん
そなたの望みは何か 我らはそれを与えよう
そなたの幸せは何か 我らが護り育もう
星の力が 悲願の実を結ぶとき
眠れる女神が この世に降臨(くだ)りたまう
リオが短い詩を歌い終わるとしばらくロッタの音色だけが響き、やがて潮が引くように音が止んだ。
「全然知らない詩……」
「天使界の民謡みたいなもんだ。きっと珍しいから、本当にあてがなくなったら稼げると思ってな。だが、使わずにすんで良かった」
リオはロッタを優しく撫でた。リオの左手の指先を、ルウはじっと見つめていた。
「……気に入ったか?」
リオがルウに目を向けた。ロッタをずっと見ていると思ったのだろう。少し声が大きく聞こえたから、きっと嬉しいのだろう。ルウはそう思って訂正するのをやめた。
「うん。なんか不思議な音色だね」
「そう思うのは地上にないものを使っているからだ。俺にとっては、この音が普通だけどな」
「あ、そっか」
なおもリオの手を凝視し続けるルウに居心地の悪さを感じたのか、リオは指を隠すように左手を握った。
「……地上の子守唄を、知っているぞ」
あれはいつのことだったか。ウォルロ村のかなり歳老いた神父が、変わった名前の孤児の女の子によく歌っていたのを覚えている。耳に残る不思議な響きだった。その響きをものにしたくて、毎日のように聴きにいっていた。
「もう、メロディーしか覚えていないが。眠れるかどうか、試してみるか」
「……うん」
ルウはわくわくしながらブランケットをかぶった。目を閉じて、自分の知っている子守唄を思い浮かべてみる。
(私はよく、小さい頃にお母さんに歌ってもらっていたっけ。……そうそう、このメロディー、)
リオがかなりゆっくりと奏でるメロディーを聴いて、ルウはぱっと目をあけた。
(どうして……)
リオの弾いている曲はまぎれもない、ルウが一番良く知っている曲だった。覚えている限りでは、もう少し高い音だった気がするが。リオはずっと手元を見ていて、ルウの変化に気づかない。驚きと懐かしさがないまぜになったまま、ルウはまた目を閉じた。
なんとか無事に弾き終わると、ルウはすっかり夢の中だった。しっかり子守唄として役に立ったようでリオは安心した。ふと横に向くと、南を向いた小さな窓から星が見えた。
(……あれは確か、天の意味を持つ名前だった気がする)
孤児の女の子の容姿がウォルロ村では珍しいものだったために、神父が「天からの贈りものだ」と例えてつけた名前。その女の子が成長して村を出てから、その後のことはわからない。
リオは、よく屋根にのぼって星を見ていたその女の子に思いをはせた。
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