アリアドネの糸番外 | ナノ


▽ バレンタイン2013


「あ、あの、これ、受け取ってくださいっ!!」

今朝からこれを言われたのは何回目だろうか。

リオが特に仕事も入れずにのんびりとコーヒーを飲みながら、新しく買った短剣の手入れの方法なんかを考えていた時だった。

日頃見かけない町娘や、たまに声をかけてくる女旅芸人、女僧侶や女魔法使いなど、とにかく女が次々やってきて、甘い香りのする包みを渡してくる。

よく見れば、周りにはそのような包みを持った女達がたくさんいることに気がついた。

「ルイーダ、今日は何か特別な日なのか?」

カウンターに陣取っていたリオは、目の前でグラスを磨いていたルイーダに聞いた。

「あら、知らなかったの?今日はバレンタインデーよ」

「…何だそりゃ」

リオが本気で知らない、という顔を見たルイーダの目が光った。リオがイベントに疎いのはいつものことだ。

「バレンタインデーっていうのはねぇ、女性が男性に愛を告白する日なの。普段話し掛ける勇気もない、か弱き女の子達の為の魔法の日なのよ!!」

と熱弁された。

「まぁ、最近は友人同士で贈り物をしあうのが普通なんだけど。恋する乙女にとって特別なのは変わらないわ」

そんな日があるとは、人間は本当に変わった風習を持つものだとリオは思う。女にもいろいろいるということだ。

「リオ、ハッピーバレンタイン…って、凄い量だね」

これまた甘い香りのする包みを持ってきたリッカが、苦笑した。

「気持ちは嬉しいんだがな」

リオがそっと微笑った。

「えっと…これ私のなんだけど、受け取って貰える?」

そう言って包みを差し出すリッカの顔が、何となく赤かったような気がした。

「ありがとう。ホワイトデーには必ず返す」

ルイーダはしっかりとホワイトデーの風習も教え込んでいた。

「うん…楽しみにしてる」

リッカが控えめに笑った。



◆   ◆   ◆




時間もそこそこ過ぎて、リオは更なる疑問にたどり着いた。リッカの宿屋の従業員が共通して持っている包みの存在だ。

手の平サイズで、丸っこい形、水色の包みに白いリボンと、羽根の飾りがついている。

聞くのは悪い気がするが、何となく、包みの配色から思い当たる人物がいる。確信はない。

レスターが自慢しに来るまでは。


―――――


「あら、毎年ありがとうね。これは私からだよ」

おばさんはいつもの笑顔で、こっそり作ってあった小さめのアップルパイをくれた。これも毎年のこと。

やっと厨房に配り終わった。次はフロアの人達だ。

ありがとう、と言葉を貰う度に、昨日の徹夜疲れは気にならなくなっていった。

…ある光景を見るまでは。

ルウが朝はやくから教会やセントシュタイン城を回り、日頃の感謝を込めた贈り物を渡してきた。

そして宿屋に帰ってきてからの光景に、少し胸が痛んだ。

「あ、あの、これ、受け取ってくださいっ!!」

見知らぬ女の子が、リオに可愛い包みを渡しているところだった。

皺ひとつない綺麗なブラウスにふわふわのスカート。くるくる巻かれた長い髪。流行りのファッションに身を包んだ、可愛い町娘だ。

そんなお菓子みたいに可愛い子が、顔を赤らめて一生懸命こしらえた贈り物をする。包みの色や形も、凝ったものだった。

視界がかすむ前に、さっさと離れた方が良い。

フロアの従業員にも配り終えたルウは、宿屋の部屋に向かった。



◆   ◆   ◆



ノックをすると、すぐに返事が返されて扉が開いた。

「ルウちゃんだー。どうしたのー?」

レスターが笑顔で出迎える。

「ハッピーバレンタイン、レスター。これ、私から」

ルウは水色の包みを渡した。

「ありがとー。実はさっき、ルイーダさんに自慢されちゃってねー。密かに待ってたんだー」

「えっ、何だか恥ずかしいな」

レスターは、ルウのほんの少し浮かない顔に気づく。

「…リオ君にはー?」

「ううん…まだなの。なんだか気後れして…」

「リオ君は待ってると思うよー?」

「…そうだと、良いな」

ルウの声は少し、震えていた。



◆   ◆   ◆




ノックが聞こえた。

リオが本から顔を上げると、外はもう夕焼けだった。

椅子から立ち上がって扉を開けると、ルウが立っていた。

「…どうした?浮かない顔して」

「えっと…これ、リオに」

ルウが取り出したのは、白いリボンと羽根飾りのついた藍色の包みだった。

「ハッピーバレンタイン」

「ありがとう」

リオは包みを受け取ると、

「俺にはくれないのかと思った」

そう言って意地悪く笑った。

「本当はもっと早く渡したかったよ。でも…」

「…でも?」

ルウは少し俯いて、呟くように言った。

「リオは私以外の子からも貰っていたし。可愛い、女の子達に」

可愛い、と強調して言ったことで、ルウが不要な気後れをしていたことがリオにはわかった。

しかし、付き合いの長いルウに気後れする理由が一体どこにあるだろうか。

「…何だそりゃ。俺が見た目で貰う相手選ぶと思うか?」

ルウはふるふると首を横に降った。リオがまた微笑う。

「…俺だけがこの色か?」

「うん」

「…特別、なようで嬉しい」

「特別、だよ。リオは、私の特別」

ルウが込めた“特別”の本当の意味にリオは気づかない。

けれどその時のルウの顔は、今まで見た中でいちばん、綺麗な笑顔だとリオは思った。





なんだか切なめになっちゃった。なんて一日クオリティ。
番外編の存在がすげえ重要な連載ってなかなか無いと思う(笑)

私がやりたかったのは、ホワイトデーにとあるくだりを使いたかったからです(^^)シーズンものなので、お持ち帰りはお好きにどうぞ。長いですけど(笑)

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