▽ 彫刻家の住む山
女神の果実を探すリオ達三人は、カラコタ橋で情報を集めていた。
女神の果実の交換の相手に話を聞きに行くと、渡された果実はラボオという彫刻家が大金を出して買っていったそうだ。
ラボオとは、カラコタ橋から北東にあるビタリ山に住む老人で、下界に降りる度に見事な彫刻をつくって来てはそれを売り、稼いだお金で生活に必要な食料を買ってまた山に戻る、という変わり者と噂されている人物だ。
「はぁぁぁぁぁぁ…」
今回の果実もまた厄介な所にありそうだ、とリオはすこぶる不機嫌だった。
「と、とにかくそのビタリ山に行かないと、また手遅れに…」
「いや、多分もう果実は食べられているだろう。数日前の話だ。いくら変わり者のじいさんだからって大金出して買ったものを腐らせるなんて馬鹿なことは考える筈がない」
尤も、世界樹の実らせた女神の果実が腐るなんてことがあるのかは定かではないが。
しかし、人間達にそんなことがわかる筈もなく普通の果物と同じ扱いをするだろうから、やはりリオの読みは正しいと言える。
またリオは深い溜め息を吐いた。
「まー、果実の場所が掴めているだけまだまし、ってことでさー。ビタリ山、行ってみよっかー」
◆ ◆ ◆「うわ、高い山…」
方角はわかっているので、道をだいぶ無視してショートカットし、三人はあまり疲れずにビタリ山の麓(ふもと)に辿り着いた。
目の前に広がっている筈の空を塞ぐ程の高い山を見上げ、ルウが感心したように呟いた。
山に入る前のひらけた場所に、小屋がひとつ建っていた。カラコタ橋のものよりもずっと丈夫そうだ。
周りには美しい鳥の彫刻がいくつかまばらに置かれていて、昼間の高い日差しに向かって大きな翼を広げていた。
少し太り気味の男性が一人、その中のひとつに見とれてぼぅっと突っ立っている。
「えーっと…、あなたがラボオさんですかー?」
レスターが声をかけた。
「うん?いいえ、私はラボオさんの彫刻を買いにきた商人です。そこの小屋に住んでいるらしいのですが、誰もいなくて。どうしようか途方に暮れていた所ですよ。…しかし、見事なものですなぁ」
退屈はしていなさそうで何よりだ。
商人を名乗った男性はまた彫刻を眺め始めたので、三人はラボオの住んでいるらしい小屋に入ってみた。
「汚っ」
某考古学者の部屋には劣るが、中はそれなりに散らかっていた。
左手側にあった小さな机に本が一冊開いて置かれていた。
三人は揃って開かれているページを覗き込んだ。
…遠い昔。私は泣く恋人に5年で戻ると言い聞かせ、修行の旅に出た。
私はひたすらに彫った。気づけば約束の5年などとうに過ぎていたが、気にもとめなかった。
やがてようやく故郷の村に戻った私が目にしたのは、すでに他の男と結婚した彼女だった。
…すべては過ぎ去った話。
この老いぼれが、若かった頃の話。だが、それでも…。
…私は北のビタリ山へ行く。終わりまで、あと少し。この山小屋にはもう戻らないだろう。「………」
「日記…?」
「日記だねー」
「…山に登るしかなさそうだな」
一体何が終わるんだ、とリオは今日一番深い溜め息を吐いた。
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