アリアドネの糸 | ナノ

▽ ふたつめの果実

レスターの一撃を喰らったぬしさまは、浮き上がってそのまま横倒しになって岩の上に落ちた。

「倒し、た…?」

ルウはぬしさまの口を開けようとして駆け寄った。

リオはそれを止め、レスターが牙だらけのぬしさまの顎をぐいっ、と引いた。

ぬしさまの口の中にな、オリガが頭を抱えてうずくまっていた。光が入ってきたからか、そうっと外の様子を窺う。

そしてゆっくりと外に歩いて出てきた。

「あたし…、何ともない…」

「オリガちゃん!」

「旅人さん!おケガはありませんか?」

オリガはルウの方に駆け寄った。

すると気絶していたぬしさまが急に起き上がり、ルウに向かって飛びかかろうとした。

リオが走り出すが、間に合わない。

「やめて、ぬしさま!この人に手を出さないで!!」

オリガが両手を広げてルウを庇う。

ピタリ、とぬしさまが動きを止めた。リオとレスターはどんなに安堵しただろうか。

「オリガ…、その者は村長の手下ではないのか…?」

ぬしさまが、声を発した。

「その声は…!?」

ぬしさまの額にポウ…、と青い光が灯り、それはやがて一人の男性の姿になった。

「おとう…さん…?…お父さん!!」

オリガはぬしさまに駆け寄り、父の姿を見上げた。

「な…なな…?」

村長は腰が抜けたまま、状況を把握するのに精一杯だ。

「旅人よ…申し訳ないことをした。怒りで私はどうかしていたようだ…。オリガ…、辛い思いをさせてすまなかった」

オリガの父は、リオ達に向かって深々と頭を下げた。

「…あの嵐の晩…海に投げ出されたわたしのもとへ、黄金の果実が降ってきたのだ…。薄れゆく意識の中それを手に、わたしは浜に残したお前を想った。まだ、小さいお前が、これからどう生きていくのか、と…。そしてあの時、わたしは確かに死んだ。だが次に目が覚めたとき…」

オリガの父は自らの躯を見下ろす。

「わたしはこうして、この姿で蘇っていたのだよ」

「そんな…、そんな……」

そんなことがあるのか、と、オリガは驚きを隠せない様子で父の姿を見上げる。

女神の果実は口に入れなくとも願いを叶えてしまうらしい。オリガの父の、娘に対する想いはどれほど強かっただろう。

「わたしはお前が生きていく為に、浜に魚を届けていたのだ。だが、いつしかお前のもとに人々が群がるようになっていった…」

後ろで村長が、びくりと肩をゆらした。

「黙って見ていたが、もうここまでだ。オリガ、こんな村は捨てて、遠くに行こう。これからもずっと、わたしがお前の面倒を見てやる。何も心配はいらない」

「お父さん…」

オリガは静かに父の話に耳を傾けていたが、ゆっくりと首を横に振った。

「…ダメだよ。そんな、そんなのは良くない」

ルウが反応を見せた。

「あたし…浜で漁を手伝うよ。自分で、ちゃんと働くの。ずっとお父さんの仕事、見てきたもの。全部、覚えてるもの。あたしは、お父さんの娘。村一番の、漁師の娘。あたしは…」

オリガは大きく息を吐いた。

「あたしは、一人でやっていけるようにならなくちゃ」

そして笑顔で、しかし瞳だけはしっかりと父を見据えてそう言った。

「オ、オリガ…」

オリガの父は、言葉が続かなくなってしまった。

「オリガァァーーーーッ!!」

子供の叫ぶ声がした。トトの声だ。トトはオリガの所へ走ってくる。

「トト!?どうしてここに…?」

「大丈夫?ごめんね、パパが…。どうしても心配になって、旅人さんについてきたんだ」

何とトトはリオ達の後ろを無傷でついて来ていたのだ。これは将来、かなり有望かもしれない。

「オリガのパパ…、なんだよね?ぼく約束する!大きくなって、オリガのことはぼくが守る!」

「トト…」

オリガは笑顔で父に向き直った。

「お父さん。ぬしさまになってこれまで助けてくれてたんだね。ありがとう。でも、もう大丈夫だよ」

「オリガ…」

オリガの父は、納得したようにゆっくり瞳を閉じた。淡い青緑色の光が、ぬしさまを包む。

「いつまでも子供と思っていたが、お前はわたしが思うよりずっと、大人になっていたのだな…。わたしのしていたことは全て、余計なことだったようだ。オリガ…、わたしは、お前の言葉を信じよう。これから生き続けるお前を、見守っていよう」

青緑色の光は強くなり、やがてそれはぬしさまと共に消えた。

小さな光が、天に昇ってゆく。


――…オリガ…、わたしはいつも、お前の傍に…――


――キィ、ン!

リオの頭上に女神の果実が現れた。手の中に吸い込まれるように降ってきて、リオはそれを両手でしっかりとキャッチした。

[リオは女神の果実を手に入れた!]

「オリガ…帰ろう?」

トトが海を見つめているオリガに声をかけた。

「………うん」

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