アリアドネの糸 | ナノ

▽ 村長の真意と海の怒り

トトの教えてくれた、村の裏側にある出入口から出て行くと、洞窟が見えた。

長い時間をかけて波に削られたのだろう。所々に海水が溜まっていた。

むき出しになっている赤い珊瑚や岩の壁にまぶしたように、塩が結晶化して浮き出ている。

岩の隙間から差し込む日の光を浴びて、きらきらと光って見えた。

「わー、綺麗だけどー…呑気なこと言ってられないよねー」

「当然だ。つべこべ言ってる暇があるなら走れ」

残念ながらその景色を楽しむ余裕は今のリオ達には無く。

オリガの身に何かが起きる前に、村長達に追いつく為に全速力で走った。



◆   ◆   ◆




洞窟の奥、人工的に造られた岩の階段を登ると、海に向かって大きな岩がせり出していた。

階段の終わりに、

“ツォの浜 村長
プライベートビーチ
!関係者以外、立入禁止!”

という看板が立てられていた。

その周辺に、レスターが昨夜村長の屋敷で見た太った従者と、オリガを呼びにきた用心棒らしき男――ルウが顔に出る程嫌っていた――が控えており、海に近い所にはオリガと村長が並んで立っていた。

「どうだ、綺麗な場所だろう?此処ならお前も落ち着いて話せると思ってな」

オリガは黙っている。

波の音だけが、静かに響いた。
すっ…、と村長の手がオリガの肩に置かれた。

「お前はこのところ祈ってばかりで疲れてしまったんだな。うん…うん。仕方がない。浜でお祈りするのは、もうやめよう。村人には、ワシから言っておいてやろう。ぬしさまをお呼びするお前の力は消えた、と」

俯いていたオリガの瞳が見開き、村長を見上げた。

「村長さま…」

わかってくれたんですね、とオリガは言おうとした。

しかし、それはあっさりと裏切られることとなる。

「それでだな、オリガよ。これからお祈りは、この岩場でこっそりとしようではないか」

オリガの表情が、一瞬で曇った。

「海の底には、珊瑚や真珠…沈んだ船の財宝もあるだろう?お前ならば、それをぬしさまに持ってきて貰うこともできるのではないか?」

パシッ、とオリガは村長の手を払いのけた。

「財宝…?村長さま、一体何をおっしゃっているんですか…?」

村長の瞳は財宝の色に輝き、薄笑いを浮かべてオリガに近づいた。

「おお…、オリガ、慌てるでない。たまにで良いのだ。お前の気が向いたときで良い。そうしてくれれば、ワシらは豊かで幸せに暮らすことができる」

「豊かで…幸せ?」

「そうだ。約束しよう。だから、もう帰ってこない父を待ち続けるのはやめなさい。これからはワシがお前の父になろう」

村長はじりじりとオリガに迫っていく。

「違う…やめて!あなたはあたしのお父さんじゃない!あたしの…、あたしのお父さんは…!」

オリガが叫んだ。

リオ達がオリガの元へ走り出そうとした途端、波の揺れる音がした。

ザザ……ザザザザ…

海面が盛り上がって

ザザザザザザザ…ザバーン!!!

破裂した。

水しぶきを纏って巨大な魚が飛び出し、岩の上、オリガ達の目の前に着地した。

その衝撃で、その場にいた全員の身体が一瞬、浮いた。

「おお、ぬしさま!よくぞいらっしゃいました!」

村長はひざまずき、頭を何度も下げてひれ伏した。そしてはやる気持ちを抑えるように、しかし興奮した表情でオリガに言った。

「ほら早く祈りなさい。ぬしさまに財宝を持ってきていただくんだ!」

村長が、立ち尽くしているオリガの腕を掴んだ。

するとぬしさまは、オリガに触れるな、とでも言うように大きな口を開けて吠えた。

「ひっ…!」

村長はオリガの腕を放し後ずさる。

ぬしさまの目の前に残されたオリガは、頭を抱えてふるえている。

ぬしさまはオリガを見つめ、

…ばくん、

とオリガをまる飲みしてしまった。

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