▽ 村長の提案、少女の提案
リオとルウをオリガの家に残し、レスターは一人、村長の屋敷に向かった。
(…勢いで来ちゃったけど、どうしようかなー?)
壁に耳を当て、オリガの声を探す。
…かちゃん、
「…!!」
屋敷の扉が開いた。レスターはぎくりとして扉を見た。
出て来たのは、ふくよかで優しそうな顔をした男性だった。
「あぁ、やっぱりお客様だ。オリガを迎えに来たのでしょう?どうぞ、お入りください」
そして人懐こそうな笑みを浮かべて、レスターを屋敷に招き入れてくれた。
◆ ◆ ◆「わ、焦げちゃう」
ルウは囲炉裏で焼かれていた魚を端に寄せようとした。
「おい、火傷するぞ」
「熱っ!!」
「………」
リオの思惑通り、火に当てられていた串はかなりの温度になっており、ルウはその熱々の串を無防備に触ってしまった。
リオは溜め息を吐いた。
荷物から薬草を取り出し、ヒャドで軽く冷気を当ててから2、3枚に細く裂いてルウの指に巻いた。その上から、そっと布の手袋をはめる。
「ごめんなさい…」
リオがあまり丁寧に処置をするものだから、ルウは何となく罪悪感がわいてきた。
ただリオが、ジャダーマの時のことを未だに引きずっているだけなのだが。
「痛いか?」
「ううん、ちょっとひんやりしてて気持ちいい」
「…そうか」
◆ ◆ ◆レスターが中に通されると、先程オリガを呼びに来た男が座っていた。
「お前は…、ここまで来て、まさかオリガの力を利用しようとか、良からぬことを考えているんじゃないだろうな…」
男はレスターを見るなり、数刻前のルウのような目を向けた。
いやいや、あなた達がまさに今利用して生活しているじゃないですか、とレスターはつっこみたかった。
「失礼ですよ!れっきとしたお客様なんですから」
レスターを招き入れてくれた男性は、漁師ではない出で立ちの男に抗議した。
「すみません、まだ話が終わっていませんので、もうしばらくお待ちください」
そしてレスターにそう断り、椅子を勧めた。
レスターはありがたく腰を下ろし、村長とオリガがいるであろう方向に耳を傾けた。
「…オリガ。もう、お前の父が行方知れずになったあの嵐の日から、ずいぶん経つ」
村長の声だった。
この屋敷は部屋を区切る壁や扉が無く、会話は聞こえた。
「厳しいことを言うが、お前の父は、死んだのだ…。もう、浜に戻ることもあるまい」
村長は、穏やかに、優しく、オリガに向けて話している。
「だからな…オリガ。うちの子にならないか?」
「そうだよ!それがいいよ、オリガ。ひとりぼっちは、さみしいよ…」
小さな、多分オリガより2つくらい年下の、男の子の声が村長の提案に賛成した。
「息子のトトとお前は、仲も良い。ワシはお前を、娘のように思っているのだ」
オリガは、何も答えない。
「お前は、本当によく頑張った。もう、十分だろう」
「ありがとう、ございます。少し…、考えてみます」
オリガはそう答えてから、生気の籠もった声で、話しはじめた。
「あの…、実はあたしも、お話ししたいことがあるんです。あたし…、もうこれ以上ぬしさまをお呼びしたくないんです」
村長は、明らかに驚いたのと、困惑したのとが混ざったような顔をした。
「あたし、こんな暮らし間違ってると思うんです。だから…、」
「ば、バカなことを言うでないぞ!そんな話、今更村の者が納得する訳ないであろう?そ、それに、お前はどうするつもりだ?村の為に他に何ができる?」
レスターは聞いていて、オリガがまるでぬしさまを呼ぶことだけしかできない能無しだ、と言っているようにも聞こえた。
「…それは……」
オリガはそんなことを考えてはいなかったようで、反論できずに言葉がつまる。
「…まあ、よい。今日は一度帰りなさい。お前も疲れているのだろう?な?」
自分の家の子にならないか、と誘っておきながら、夜遅く女の子を独りで帰らせるのか、とレスターは心の中で憤慨した。
「……………」
オリガは何も言わずにその場を離れた。必然的に、レスターと目が合う。
「旅人さん…」
「お話は終わったのー?」
オリガはこくん、と頷いた。
「じゃ、帰ろっかー。リオ君とルウちゃんが待ってるよー」
「はい」
二人はお腹をすかせて家に戻った。
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