▽ 長老と世界樹
リオとイザヤールは、星型の穴を通り抜けて天使界の内部に入った。人間には視えない、どこかの空をぷかぷかと浮かんでいる天使界の唯一の出入口だ。
「天使界へ戻ったら、オムイ様へ報告するのが習わし」
着いて早々に、イザヤールはリオに毎度言っていることを繰り返した。リオも毎度同じようにイザヤールを見上げた。
「わかっています。俺だってもう一人前の天使です」
「そうであったな。では、私は用があるので先に行かせてもらう」
いつも一緒に行った覚えはない。と思いながら、リオはイザヤールを見送り、長老が待っている部屋に向かっていった。
◆ ◆ ◆「……ただいま戻りました」
「おお、リオか! 天使の努め、ご苦労であった!」
リオが長老の間に入ると、天使界を束ねる長老――オムイが、立派なひじ掛け椅子に座っているのが見えた。オムイはリオの姿を見つけると、椅子から杖をついて立ち上がり、リオを出迎えた。
「いえ……」
リオは控えめに返事をした。
「星のオーラを持ち帰ったのだな。それならば世界樹に捧げるのが、我ら天使の努めじゃ」
オムイは真っ白な髭をたくわえた温厚そうな顔を頷かせた。
「では早速、世界樹の元へ行きなさい。番をしている者にはすでに伝えてあるからの」
「……はい」
リオはオムイにむかってきっちり直角に身体を曲げてお辞儀をした。
◆ ◆ ◆世界樹に星のオーラを捧げるために、リオはひたすら階段を登っていた。途中、仲間の見習い天使に声をかけられた。
「リオ! 人間界に降りてきたんだってな!」
「……あぁ」
またか、とリオは視線を少し下げた。
「良いなぁーっ! リオはイザヤール様が師匠で。オレの師匠ももっとしっかりしてくれてたらなぁ……」
「…………」
「リオはオレらと同期なのにもう任地も貰えてさ、そーいうのを才能って言うんだろうな」
「……そんなことないさ」
リオはイザヤールの弟子だから。天才だから。才能があるから。
リオはそういう言葉で片付けられるのが一番嫌いだった。別にイザヤールが他の師より劣っているというわけではない。むしろ役不足だと自分は思う。ろくに努力もしないくせに、師匠や能力のせいにするやつが嫌いなだけだ。
確かに他の天使とはちょっと、いやかなり早く守護天使の任にリオは就いている。それはリオの努力だとわかる見習い天使は天使界(ここ)にはいない。上級天使にわかってもらえても、オムイ様が認めてくれていても、リオは天使界にいるのはあまり好きではなかった。
イライラしながら登っていたら、あっという間に頂上の階段にたどり着いた。見張りの天使に声をかけられると、リオは静かに会釈した。
「リオか! 待ってたぞ。オムイ様から話は聞いてる、頑張っているな」
世界樹は、任地をもらった天使のみが拝むことのできる神聖なものだ。そうやすやすと見られるものではない。そういう意味でもリオは異例の存在なのだ。
「さ、通りな。オムイ様には、リオはもう自由に通って良いと仰せつかっているからな」
「ありがとうございます」
リオは番をしている上級天使にもう一度会釈して、最後の階段を登っていった。
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