▽ 不思議な声の依頼
混沌のうねりから、声が聞こえる。
――人間達は、この世界にふさわしくない…――
低い、この世のものとも思えない、意志の声。
――己のことしか考えず、嘘をつき、平気で他者を貶める。そんな人間の、なんと多いことか。私は、人間を滅ぼすことにした…――
混沌の意志が、赤い光を地上に向かって放った。
…バチッ!何処からか、優しい青い光が飛んできて、赤い光を弾いた。
『お待ちください!!!』
――何故、止めるのだ…――
優しい声が、答える。
『わたくしは、人間達を信じます…。人間達を滅ぼしてはいけません。どうか…』
――ええい、黙れ!!…もう決めたことだ。人間は、滅ぼさねばならぬ…――
『わたくしは…、人間達を信じます…!この身に代えても、人間と人間界を守りましょう…』
◆ ◆ ◆リオは、目を覚ました。
所々が苔に覆われた、太い木の根がぼんやりと見えた。
そこでようやく、自分が世界樹の根元で眠り、夢を見ていたことに気づいた。
ラフェットと別れた後、すぐに世界樹の元へ向かったのは良いが、祈り続けていつの間にか眠ってしまったらしい。
リオは咄嗟に自分の背中を触ってみたが、何も変化はなかった。
何処からともなく、不思議な声が聞こえてくる…
『…守護天使、リオよ…よくぞ戻って来ました…』
リオは辺りを見回した。しかし、それらしき人物は見当たらない。
『翼と光輪を失くしてもなお、此処に戻って来られるとは、これもまた運命なのかもしれません』
夢に出てきた、優しい声と似ている気がした。
『…守護天使、リオよ。あなたに道を開きましょう…』
リオの頭の中に、ひとつの島の情景が浮かぶ。その島の中央から少し北西に、何かが青く輝いているのがわかった。
『わたくしの力を宿せし青い木が、あなたを新たな旅へといざなうでしょう』
リオの頭の中から、島が消えた。
『そして…もうひとつ。あなたが今まで旅した地へと戻る、呪文を授けましょう…』
すると、上から金色の小さな光の粒が降りてきて、リオの身体にすうっ、と入り込んだ。
[リオはルーラを覚えた!]
『守護天使、リオよ。再び地上へ戻りなさい。天の箱舟で人間界へ行き、散らばった女神の果実を集めるのです。そして、人間界を…世界を救って下さい…』
声が、聞こえなくなった。
リオは今のことをオムイに伝える為に世界樹から離れた。
丁度、オムイが2人の天使を連れて、階段を上がって来た。
「どうじゃ、リオよ?翼と光輪は戻ったのか?」
オムイはすぐにリオの全身を見つめ、落胆の声を漏らした。
「…なんということじゃ。世界樹に祈りを捧げても、天使の力が戻らんとは…。可哀相に、お前は一生、このまま…」
リオはオムイにそう言われても、何故かあまり悲しいとは思わなかった。
「そんな俺のことより、」
リオは先程、自分の身に起こったことを話した。
「何!?世界樹に祈りを捧げたら、不思議な夢を見た…じゃと?」
混沌のうねりから発せられた、人間界を滅ぼさんとする、低い、意志の声。
その声に対抗し、止めようとした、人間を信じる優しい声。
「ううむ…何とも不思議な夢じゃ…。わしらの知らない所で、とんでもない戦いが始まっているのかもしれん」
オムイは全てを悟り、ふむ…、と考え込む。
「リオが天使の翼と光輪を失くしたことや、天の箱舟に乗れることにも、何らかの意味があるのじゃろう。リオが見た夢は、まさしく神のお告げ。聖なる声が、お前に女神の果実を集めよ、と言うならば、わしはそれを信じよう!」
2人の天使も、同調するようにリオに向かって頷いた。
「女神の果実には、世界樹の力が宿っておる。女神の果実を集めれば、人間界も天使界も救われるかもしれん」
オムイは、長老たる威厳ある声でリオに命じた。
「行きなさい、リオよ。人間界に落ちた女神の果実を集め、無事に天使界へ持ち帰るのだ。頼んだぞ!守護天使、リオよ!!」
「はっ!」
リオは弾かれたように、天の箱舟に向かって走った。
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