▽ 簡素な別れ
「ついに、ついに、つーいにやってくれたネ、リオ!」
「あ?」
ルーフィンの研究室を出ると、サンディが嬉しそうに姿を現した。
「あ?じゃなくて!あんたには視えないだろうけど今、町中に星のオーラが溢れてんだヨ!」
「ふーん」
リオは平和な町並みをつまらなそうに見つめた。
「これだけ人間を幸せにしたんなら、あんたの天使としてのランクも赤マル急上昇マチガイ無しでしょ?」
「…さあな」
ルウの周りの空気が震えたのは、気のせいじゃない、と思う。
「てコトは、今度こそ天の箱舟も動いてくれるに違いないって!」
「…そうだな」
「さぁ箱舟までダッシュで戻る、戻る!」
サンディはまた、言いたいことだけ言って視えなくなった。
「…………ルウ」
びくっ、とルウの肩が揺れた。
「リオさん、お疲れ様。これで、やっと故郷に…天使界に、還れるね」
リオは、そう話すルウに違和感を感じた。
「それじゃあ、私は、セントシュタインに、戻るから、」
――歯切れが悪いから?
少し声が震えているから?
歩きだすルウの、足取りがおぼつかないから?
違う。
――瞳を、合わせてくれないから。
「……ルウ、」
「リオさん。こんな、遠くまで…私を、連れ出して、くれて…ありがとう。エリザさんの、ことも、あったけど…、凄く楽しかったよ」
ルウは、自分の手荷物からキメラの翼を取り出した。
「……またね…」
[ルウはキメラの翼を放り投げた!]
リオは何も言えずに、ルウが目の前から消えるのを黙って見ていることしか出来なかった。
――ルウとは、ただの協力者に過ぎない関係だった筈だ。今更、俺が何をしたって何も変わりやしない。
リオは何も考えず、無表情で、峠の道に向かって歩きだした。
◆ ◆ ◆(…さっきから、ずーっと仏頂面…。まあいつもだけど)
セントシュタインの近くに来ても、リオは見向きもしなかった。
サンディは、もっと時間がかかるものだと思っていたので、何だか拍子抜けした。
すぐに、天の箱舟が視えてきた。
…のだが、箱舟の前に誰かが立っていた。
「うぅっ、何この暗そーな女。視たカンジ幽霊だし、リオが相手してやれば?」
フードの付いた群青色のマントを頭から被った、ルウよりも色素の薄い青い瞳を持つ少女だった。
「…いない」
「は?」
「あの人は、此処にもいない」
少女はリオとサンディには気づかないようだ。
少女は悲しそうに首を振り、その場から歩いて消え去った。
「ちょっとー!何よアレ!シカトかましてくれちゃって、むっかつくーっ!」
サンディは無視されたことに憤慨した。しかし機嫌が良いのか、すぐに興味を箱舟に切り替えた。
「…ま、いいや。さっさと早く箱舟に乗り込もっ!」
サンディは意気揚々と箱舟に飛び乗った。
「ほーれ、さっさとする、する!あんたが乗ってくれなきゃ始まらないんだから!」
サンディは箱舟の中からリオを急かす。
「わかったから少し落ち着け」
リオは、ゆっくり、慎重に足を踏み入れた。
――カッ!箱舟の中が強く光り、車両内の明かりが灯った。
「おおっ、箱舟ちゃんのこの反応!…リオが天使だってよーやく認めてくれたカンジ?」
サンディは期待の色を強めた。
天使界に還ることが、出来る。
なのにリオは、素直に喜べなかった。人間と関わるのは良くないと頭では分かっていても、後ろ髪を引かれるような感覚がどうしても身体から離れなかった。
「いける!いけるワーっ!あとはあの操作パネルをチョチョイといじってやれば、天の箱舟は飛び上がる筈だヨ!!」
サンディは、車両の先頭に設置されている操作パネルに飛びついた。
「さてと…アタシがコレを操作したら、いよいよ天使界に還れる筈なんだけど…」
サンディは改まってリオに問いかけた。
「もし、やり残したコトがあるなら、待っててあげてもイイヨ」
リオの肩が、ぴくりと反応した。表情にこそ出さないが、迷いの色が見えた。
サンディなりの気遣いなのだろうか。ルウとろくに会話が出来なかったことを心配しているのだ。
「…地上(ここ)には何も残っていない」
リオは無表情のまま、答えた。
「よ、よーし!じゃあ、行っちゃうからネ。後悔しても、もう遅いヨー!!」
リオが迷いを見せたものの、すぐに返事をしたことにほっとした。天使が人間と深い関わりを持つのは少なからず悪影響がある。
人間に何かしら依存したり、特別な感情を抱いては、後が怖い。
「それじゃ、いっくよー。す、す、すスウィッチ、オンヌッ!」
サンディの押したボタンに反応し、箱舟はゆっくりと浮かび上がり、リオを浮遊感が襲った。
「ええーっと…確かココをこんな感じでいじってたっけ…?」
パネルの反応が悪いのか、サンディはなんとグーで叩きだした。
ガン、ガン!ピロロロロ…
3回目で反応。箱舟が黄金色に輝き、車両が2つ復元した。
「おおっ!?やるじゃん、アタシ!」
ブランクは解消したらしい。
「…………」
「…っと、いや、こ、このくらい運転士なら当たり前だっつーの!」
「…………」
リオはリオなりにサンディを信用しているのだ。
「それじゃ、天使界目指して出発シンコー!」
箱舟は、峠の道を旋回してから、ぎゅんッ!と進路を上に取った。
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