アリアドネの糸 | ナノ

▽ 残された者の活路

さ迷う魂となってしまったエリザの願いを叶える為に、リオとルウはルーフィンの研究室の前に来ていた。

「来たのは良いけど、私達が来たからって、ルーフィンさんは出てきてくれないと思う…」

「ルー君に出てきて貰うには、ノックの仕方にコツがいるんです」

リオは、エリザに教わった通りに扉をノックした。

トントン、トトトン、トン

「…エリザ?エリザなのかいっ!?」

誰が何をしても開けられなかった扉が勢い良く開いて、ルーフィンが飛び出してきた。

しばらくは驚いた顔をしていたが、だんだん冷静な表情に戻ってゆく。

「…今のは、あなた達の仕業か?」

リオは静かに頷いた。

「わざわざエリザのノックを真似するなんて、質(たち)の悪い冗談だ!!こんなことはもう2度とやめて下さい!」

突然、高台の上から声が降ってきた。

「おっ、ルーフィン先生!丁度良かった、先生に言いたいことがあったんだ」

ルーフィンがまた研究室に戻ろうとした所を、その男性の声が引き止める。

「流行り病を止めてくれてありがとよ!町を代表して礼を言うぜ。あとよ……早く立ち直ってくれよな。皆、先生のこと心配してんだぜ」

男性は、言いたいことだけ言って、ルーフィンの視界から消えた。

「な、なんなのだ?」

町の人間とあまり関わらなかったルーフィンは、急に話し掛けられて戸惑っている。

その隙にエリザはすかさずリオとルウに頼み込む。

「リオさん、ルウさん。私の最後の言葉として、ルー君に伝えて下さい。ルー君が病魔を封印したことによって、救われた人達に会って欲しい、って」

ルウはすぐに口を開こうとしたが、リオに止められた。

「…ルーフィン」

リオは、真剣な眼差しでルーフィンを見つめた。

「エリザはあんたの何だ?」

「妻…ですが?」

「そうだ。この町で唯一、心の拠り所だった妻の死が辛いのは良く分かる。だが、いつまでもそのことを受け止めきれずに悩む夫を見て、妻(エリザ)は悲しむんじゃないか?あんたはそれで良いのか?」

「…………」

ルーフィンは何も答えなかった。否、答えられなかった。

「…エリザさんは、ルーフィンさんが病魔を封印したことによって、救われた人々に会って欲しい、って言ってました」

「エリザが、そんなことを…。だけど、僕はお義父さんを見返すことに気を取られて、町の誰が病気にかかっていたのかも、知らない…」

エリザはルーフィンがそう言うことをわかっていたのだろうか。

エリザは何も言わず、ただじっとルーフィンを見つめていた。

やがてルーフィンは、決心がついたように真っすぐリオを見据えた。

「…リオさん。今から僕を、病気になっていた人達の所へ連れていって下さい。そうすれば、エリザの言いたいことが、分かる気がすると思うから…」

リオは、ほんの少しだけ口角を上げた。そしておもむろに後ろを向き、歩き始めた。

「リオさん…?」

「無言の肯定です、多分。早くしないと置いていかれますよ」

ルウとルーフィンは、すたすたと先を歩くリオを追いかけた。



◆   ◆   ◆




リオは覚えている限り、沢山の人とルーフィンを会わせた。

老人、少女、夫婦の片割れ…

病気にかからなくても、家族が病気になっては気が気ではない。

人に会う度に、ルーフィンは感謝の言葉を貰った。



ルーフィンは、研究室に戻ると何だかすっきりしたような、生きた表情になった。

「ありがとうございました。おかげでエリザの言いたかったこと、わかった気がします。…今までの僕は、何をやるにも自分のことばかりで、周りが見えてなかったんですね。だから、エリザの体調がおかしいことすら気づかないで…全く、情けない話です」

そう言いながら、ルーフィンは苦笑した。

「今日、町を回ってみて、初めて自分がいかに多くの人々に関わっているか気づきました。これからは、そのことを忘れず、このベクセリアの人々と共に生きていこうと思います」

そしてルーフィンはリオ達に背を向け、照れくさそうに続けた。

「…皆に感謝されるのも、悪くない気分ですしね」

また机に向かい始めたルーフィンはもう、大丈夫だろう。

リオとルウは、邪魔にならないように早々に宿に戻ろうと、扉の方を振り向いた。

扉の前には、エリザがいた。

「ルー君を助けてくれて、本当にありがとうございます。おかげで私、死んでいるのに自分の夢を叶えることが出来ちゃいました」

「エリザさんの、夢…?」

エリザは、分厚い書物を難しい顔で眺めるルーフィンを、愛おしそうに見つめた。

「ルー君の凄い所を皆に知って貰うこと。…そしてルー君にこの町を好きになって貰うこと。それが私の夢でしたから」

エリザが満足そうに笑みを深めた瞬間、彼女の身体が青緑色の光に包まれる。

「あわわ!!もう時間みたい!」

エリザの身体が、ふわりと浮き上がる。

「それじゃあ、これでお別れです。どうか、お元気で…」

少しだけ、ほんの少しだけ名残惜しそうにルーフィンを見て、エリザは消えていった。

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