アリアドネの糸 | ナノ

▽ 平和の代償

「お二人とも、見てましたか? 見事、病魔の奴を封印してやりましたよ! この僕が! フッフッフ……。これでお義父さんも僕のことを認めざるを得ないでしょうね」

ルーフィンは満足げに眼鏡の縁を上げた。祠の鍵を渡したときにも言っていたが、一体何を認めてもらいたいのだろう、とリオはぼんやり考えた。

「さぁーて、やることはやったし、これでようやく遺跡の調査に手がつけられるってもんです」

「……はぁ」

ルーフィンが手元をぬぐって資料を取り出すのを見ながら、ルウは生返事を返した。

「あ、リオさん達は帰ってもらっても結構ですよ。いても気が散るだけだし。それじゃ、僕はこの奥を調べてきますから、報告の方は頼みます」

ルーフィンは嬉々として階段を降りていった。足音が若干軽やかに聞こえたのは気のせいではない。

「……エリザさんに報告したら、きっと喜んでくれるのに」

「」



◆   ◆   ◆




リオとルウは、町に着くと真っ先にエリザの所に向かった。

トントン

「エリザさん?」

ノックをしても、扉の前で呼びかけても、返事はなかった。ルウの顔が青ざめ、不安そうにリオの方を向く。

リオは扉を開けた。鍵はかかっていなかった。エリザはベッドに横になっていた。扉が開けられたにも関わらず、目を覚ます気配がない。リオは彼女の口元に手をかざした。

「…………」

ガチャ、と急に誰かが入ってきた。

「エリザ? 今帰ったよ」

ルーフィンだった。何も知らない彼は、そのまま話し続ける。

「あの遺跡の調査には、然るべき資料が必要でね。取りに戻ってきたんだ。……エリザ?」

そして妻からの返事が全くないことに気づき、ようやくベッドを見た。そしてリオを押し退け、横たわっているエリザの身体を揺すった。

「どうしたんだ、エリザ!? 返事をしてくれっ!」

しかし、エリザが返事を返すことは叶わなかった。ルーフィンの膝がくずおれる。

「……死んでいる……のか? ま、まさかエリザ、君も病魔の呪いにかかって……? 馬鹿な! 病魔は確かに封印したはずだ! 町の連中だって治ったって……」



「……遅かったのか?僕が病魔を封印したときにはもう、君は……」

ルーフィンは、エリザの横たわっているベッドを力一杯叩いた。

「どうして? どうして言ってくれなかったんだ!? 君が病魔の呪いに侵されていると知っていれば、もっと急いだのに……、エリザあぁぁぁ!!!」



◆   ◆   ◆




エリザの亡くなった翌日の朝に、彼女の葬式が行われた。

ベクセリアの人々は皆、揃って、リオとルウも参加した。

しかし、彼女の夫のルーフィンは現れなかった。

「せっかく町を救ったのに、こんな雰囲気暗いんじゃ、星のオーラなんて出てこないよね…」

「エリザの死をもっと悼んでやれないのか」

「死んじゃったモンはしょうがないでショ。ぐうう…こーなったら、お礼だけでも貰わないと!」

「サンディちゃん貪欲…」

「…とりあえず、葬式直後に報酬寄越せ、とはさすがに言えないからな。少し時間を潰して来ようか」

「うん」



◆   ◆   ◆




「…だからって夜まで魔物と戦うことないじゃん」

「つい楽しくて」

「じゃあ町長さんのところに……」

ルウが教会の傍にある墓地に視線を向けて、会話を止めた。

「どうした?」

「エリザさんが遺ってる……」

「夜まで待って正解だな」

地上をさ迷う魂を救うのも天使の努めだ。2人は墓地に走った。

「エリザさん…」

「アハハ。私、死んじゃいました。…ってもしかしなくても私のこと視えるんですね!」

「…随分と楽観的だな」

「わ、リオさんも!?すごーい、どこか普通の人と違うって思ってたけど、リオさんとルウさんはれーのう者だったんだ」

「…そんな所だ」

「はぁ〜良かった。2人がいてくれたら何とかなるかも…」

「…何がです?」

「あの、お願いします。ルー君を立ち直らせてくれませんか?このままだとルー君、ダメになっちゃうと思うんです」

「…そうすれば、あんたは昇天するのか?」

「しょーてん??」

「えっと、この世で思い残すことは無くなりますか?」

「んー、多分なくなると思います」

「引き受ける」

「わ、ありがとうございます!じゃあまずはルー君に出てきて貰わないとですね」

リオとルウは、ルーフィンが閉じこもっている研究室に急いだ。

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