アリアドネの糸 | ナノ

▽ パンデルム戦

ルーフィンの言う西の祠は思っていたよりも遠い場所にあった。全力で走り続けたにも関わらずルーフィンに追いつけなかったのは、彼も走っていたからだろうか。研究者は、興味があるもののこととなると途端に力を発揮するものなのである。

「遅かったじゃないですか。えーと……リオさんと、ルウさん? それよりほら、見てください。地震のせいで壁が崩れて、塞がっているはずの入口がむき出しになっています」

ルーフィンが鍵のかかった木の扉を開けると、壁が崩れていて先が見えていた。薄暗くてはっきりとはわからなかったが。

「こうなると、遺跡の中にあるであろう封印もどうなってるかわかったもんじゃないですね。それじゃ入りますから、しっかり働いてくださいね」

ルーフィンはそう言って、何の迷いもなく遺跡の中に入っていった。



◆   ◆   ◆




中は霧のような、靄のようなもので満たされており、視界がとても悪かった。しかしルーフィンは臆せず進むので、リオとルウはただついて行った。

やがて広い部屋に出た。

「おおっ……古文書で見たとおりだ。あそこに転がってるのが病魔を封じた壺です。やはり地震で壊れてしまったようですね」

リオとルウはルーフィンの視線の先を見た。高さが50〜60pくらいの茶色い壺があり、その底の近くが割れて、小さな穴が出来ていた。どれどれ…と呟きながら、ルーフィンは壺の観察をする。

「……よし、封印の紋章が描かれたところは壊れていないな。これなら楽勝だ。一流の考古学者なら、これくらいの割れものを直すのは朝飯前ですよ」

ルーフィンはそう言い、床に散らばっていた破片を集め始めた。割れ目をひとつひとつ合わせてはまた別のを取る、というジグソーパズルのような作業を繰り返して壺の横に並べていく。見た目は地道な作業だが、ルーフィンは一流の考古学者だ。合わせ目が分かっていて、ただ確認のためにひとつずつ欠片を手に取っているのである。
これならすぐに終わりそうだ、とルウが安堵の息を吐いた。

「……オろカナる、しンにュウ者ヨ……。ワれヲ、ふたタビ封印せンと、やッテキたカ……」

突然、おどろおどろしい声が辺りに響いてきた。

「ソうハ、させヌ……させヌぞォォ! なんジに病魔のワザワイ、あレ! あレ! あレ!」

ルーフィンの目の前にピンク色の不思議な生物が現れた。得体の知れない物体に触れないように、少し後ろにさがった。

「こ、こいつが病魔かっ!? くそっ! まだ封印の壺が直ってないのに……!」

ルーフィンは歯軋りした。

「任せろ、ルーフィン。時間を稼ぐからさっさと直せ」

「リオさん……!?」

リオはルウに目配せをして、背中に背負っていた剣を抜き構えた。逆三角形に配置された3つの目玉が、ぎょろりとこちらを向いた。

「ワれの邪魔をスる者、すべテひトシく、死あルのミ! のミ! のミ!」

[病魔パンデルムが現れた!]

すかさずリオはパンデルムに斬りつけた。

「……!」

が、パンデルムは切っ先が届く前にすうっ……と姿を消し、リオの背後に現れた。

「何っ!?」

[病魔パンデルムの攻撃!]

リオはすぐにしゃがみこんで攻撃をかわした。そして剣をパンデルムに向かって振り上げる。しかしその前にパンデルムはまた姿を消してしまい、今度はルウの背後に回った。

「ルウ!! 後ろ!!」

「え?」

パンデルムはピンク色の躯から腕を伸ばし、ルウを叩き飛ばした。

「か…はっ……!」

「ルウッ!」

リオはルウの方へ走り寄る。幸い、大きなダメージは無いようだ。ルウは少し辛そうに笑ってみせた。

「大丈夫、私には呪文があるから……“ホイミ”」

[ルウの傷が回復した!]

「呪文……」

リオは思い立って、パンデルムに向かって呪文を唱えた。

「“バギ”!」

しかし、パンデルムはさっと姿を隠してしまった。様子を見ていたルウは失敗だ、と思ってリオを見た。だがリオの唇は弧を描いていた。

(よし……こい!)

リオの思惑通り、パンデルムは二人の背後に現れた。リオは身体ごと左にひねり、剣を後ろに振りかざした。

刃が、パンデルムの躯を貫いた。

「な……に…っ!?」

しかしリオの手には、ものを貫いた感触が来なかった。避ける隙がなかっただけのパンデルムが、わざと避けずに自分を嘲笑ったかのように見えた。リオは歯ぎしりをする。

「くそっ、ルーフィン、まだか!?」

「今、欠片が全部揃ったところです!」

「リオさんッ、消えてく!」

ルウがリオに注意を促す。

「……どういうことだ? 奴の躯は何でできているんだ」

「おかしい。私が攻撃されたときはちゃんと感触があった」

もちろん、リオはルウが吹っ飛ばされたところを見ている。だからこそ剣が通らないことが理解できないのだ。リオはいらついて眉間に皺を寄せた。

「……ちっ! ルウ、しゃがめ!」

ルウのすぐ後ろに現れたパンデルムに、リオは剣を向ける。当たるはずはないが、ルウに近づけない方がましだ。

「…………あれ?」

パンデルムはまた姿を隠した。振り向いて様子を見ていたルウは何かに気づいたように声をあげた。

「どうした?」

「リオさん、あの魔物……水っぽい」

「……液体?」

(――そうか、それならルウが殴られたときに感触があったのも、剣がすんなり突き抜けたのも説明がつくな)

「性質がわかれば、こっちのものだ」

リオは大きく息を吸い込み、ある呪文を唱えた。

「“ヒャド”!」

――ピキイィッ!

リオの魔法が命中し、冷気を帯びた呪文はパンデルムの躯を中心から凍らせて動きを止めた。パンデルムが、恨めしそうに呟く。

「おのレ、のレ、わガ呪いよ……コの、オろかナる者ドもに、死の病ヲ……」

「やっと直りましたよ! ……っと、どうやら丁度良いタイミングだったようですね」

ルーフィンは綺麗に直った大きな壺を部屋の真ん中に置いた。

「さあ、封印の壺よ! 悪しき魔を封印せよ!」

「ぎゅバばバばバば……」

パンデルムは渦を巻いて壺の中に吸い込まれていった。

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