アリアドネの糸 | ナノ

▽ 町長の依頼

ルウはリオの腕を両手でしっかりと掴み、町長の屋敷へ引っ張って行く。わけがわからなくて、リオは強引に歩みを止めた。

「急にどうしたんだ?」

「エリザさん、咳が多いと思わない?」

「部屋が汚かったからだろ」

「何かそれだけじゃないような気がして……」

リオは少し考えた。咳。今この町で流行っている病の、代表的な症状だ。

(もしかしたら、エリザも流行り病にかかっているかもしれない……?)

ルウは心配そうにルーフィンの研究室の扉を見つめている。

「……わかった。行くぞ」



◆   ◆   ◆




リオとルウが町長の屋敷に戻ったときも、町長は古文書とにらめっこを続けていた。

「おお、お客人! 待ち侘びておりましたぞ! それで、何かわかりましたか?」

リオは100年ほど前の遺跡のこと、病気の原因のこと、当時の人々の対応について、ルーフィンに聞いたことをそのまま話した。そして、この町を救うことが出来るのはルーフィンだけであること、しかし遺跡には魔物が出るため、彼だけで行くと危険が伴うこともつけくわえた。

「フム、フム。その呪いを解くには、この町の西にある祠の封印を直す必要があるわけですか。しかも、それが出来るのはルーフィンだけ……。なるほど、事情はわかりました」

町長は腕を組んで考え込み、リオとルウをちらりと見た。

「フム……そういえばあなたがたは見た所中々腕が立ちそうですな。どうでしょう? あなたがたにルーフィンの護衛を頼めませんかな?」

「…………は?」

(こっ声に出てる……!)

ルウは冷や汗をかきはじめた。リオはわざわざ見返りもなくパシられてやったのに心外だ、と思っているのだろう。今にも町長に殴りかかりそうな顔をしている。

「祠へ行くのが危険なのですから、護衛をつけてやれば問題ないでしょう」

町長はそんなことには気づかず、しれっと言った。ぴき、とリオの額に青筋が立つ。ルウはうろたえたがしかし、次の町長の言葉で事態は丸く収まるのであった。

「もちろん、私からなにがしかのお礼は致しましょう。この鍵をルーフィンに渡してやってください」

ルウはすぐに鍵を受けとり、リオの手を掴んで急いで屋敷を飛び出した。



◆   ◆   ◆




リオはルーフィンの研究室に戻るなり、無言で町長から預かった鍵をルーフィンの目の前に突き付けた。

「! その鍵は……」

「あの、私達ルーフィンさんの護衛を頼まれたんです」

報酬があるなら仕方ない。不本意だがこれも人助けのうちだ、とリオは内心で溜め息を吐いた。

「何の鍵かは知らんが、ルーフィンに渡せと言われた」

「えっ!? お義父さんが!?」

「ウソ! パパがルーくんのために!?」

二人は驚いた。かなり意外な行動だったのだろう。

「……なるほど。あなたがたはお義父さんの手の者ってわけだ。こりゃあ、見事に嵌められたな」

ルーフィンは自傷気味な笑顔を浮かべた。彼の中の何かにスイッチが入ったようだ。

「えーえー、行けば良いんでしょう。僕が口先だけの男じゃない、ってお義父さんに証明してやりますよ」

「えーっと、ルーくん? それはちょっと違うんじゃ……?」

「そうと決まればノンビリしてられないな。僕は先に行ってます。祠はこの町からずっと西です。急いで下さいね」

ルーフィンはさっさと資料やら何やらをまとめ、家を出ていった。一瞬、嵐が去ったかのような静けさがおとずれた。

「ケホッ ケホン! ……あ! ごめんなさい! この部屋、ちょっと埃っぽいから……。あの、お願いします。ルーくんのこと、しっかり護ってあげて下さいね、」

ケホン! とエリザはまた咳をした。ルウが不安そうにリオの袖をぎゅっと掴んだ。

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