アリアドネの糸 | ナノ

▽ 病の正体

――トントン、

町長の屋敷の西の一軒家。リオは学者のルーフィンの家の扉を叩いた。

「……出ないな」

「留守なのかな……?」

「町長に古文書の解読を頼まれている身だろ。そんな余裕はないと思うが」

「でも……」

何も反応がなかったが、念のためにもう一度扉を叩いてみる。

トントン、――ガチャッ

「すいません、ちょっとうたた寝しちゃって……」

二回目のノックから少し経って、やっと人が出てきてくれた。肩までのライトグリーンの髪に、ピンクの大きなリボン。それと合わせたフリフリのエプロンドレスを着た、若い女の人だった。

てっきりルーフィンが出てくると思っていた二人は、女の人が出てきたことに驚き、ぽかんとした。その様子を見た女の人は、あっと何か気づいたような顔をした。

「えっと、もしかしてルーくんにご用かしら? ……あっ! ルーくんってのはうちの主人のルーフィンのことね」

キャッ! 主人ですって、照れるぅー! と女の人はリオの肩をバシッと叩いた。ぴき、とリオは額に青筋を立てた。

(この人がメイドさんの言ってたエリザお嬢様、かな?)

ルウはリオの変化に苦笑しながらそんなことを思ってた。

「やだ、私ったら、すみません! ルーくんなら今お仕事中で、研究室に籠もってるんです」

「俺達はその仕事の進み具合を見に来た。ルーフィンはどこだ」

(せめて丁寧語くらいは使って……くれないよねリオさんは)

リオの発言だけでは語弊がありそうだったので、ルウは少し訂正を加えた。

「え? パ……いえ町長に頼まれたんですか? それなら私が一緒に行って、研究室の扉開けてもらいますね。ルーくん人見知りするから」

「遠いのか」

「いえ、家を出てすぐの階段を降りて、左に曲がれば着きますよ。あっ申し遅れましたけど私、ルーくんの妻でエリザって言います。それじゃ、私先に行ってますね!」

エリザ、と名乗った女の人は外に出ていった。リオとルウも後を追いかける。

エリザに言われた通りの道をたどると、彼女が扉の前に立っているのが見えた。何か独り言を言っているようだ。

「パパったらルーくんに会うのが気まずいからって旅の人に頼まなくても……、ケホッ、ケホン!」

ルウの顔色が変わった。

「エリザさん、その咳……」

「あっ! もう来てたんですか!? それじゃ、開けてもらいますね」

トントン、トトトン、トン

エリザは変わったリズムでノックをした。すぐに中からくぐもった声が聞こえてきた。

「……エリザかい? こんな時間に珍しいな」

「お疲れ様。ルーくんにお客様だよ。パパのお使いの人が、古文書の解読が進んでるか聞きたいんだってー」

「……入ってもらってくれ」

エリザは扉を開けて入り、リオとルウはそれに続いた。

(……汚っ)

研究室は壁一面に本棚が立てられ、難しそうな本がぎっしりと詰め込まれていた。さらに床には丸めた紙――エリザ曰く、片付けようとすると凄く怒るらしい――が散らばっていた。リオはあからさまに顔をしかめた。

「今忙しいんだけどな……。でもお義父さんの使いじゃ、無視もできないか……」

左側に寄せられて壁を向いた机に座っていた男性が呟いた。そして、渋々といった様子で読んでいた分厚い本から目を離し、リオとルウの方を向いた。

「で、何の用で……ってそうそう、古文書の解読結果を聞きに来たんでしたっけ?」

「ルーくん、その前にじこしょーかい、じこしょーかい」

エリザは心なしか嬉しそうに自己紹介を促した。

「んーそれって意味あるのかい? 面倒臭いな……」

ルーフィンは人とむやみに接することはしないらしい。それでも妻の言うことだから仕方ない、といったふうに話しはじめた。

「初めまして……ですよね? 僕はルーフィン。考古学などをやっています」

ルーフィンと名乗った人物は、無造作に伸びた赤がかった茶色の髪を首の後ろでひとつにまとめていた。白くて四角い縁の眼鏡をかけ、顎には無精髭が生えていた。

(エリザさんは外見で人を決めない人なんだ……)

割と失礼なことだがルウはそう思った。

「あなた方は……」

「ルウです」

「……リオ」

「ルウさんに、リオさん? まぁ、できるだけ覚えておきますよ。……多分すぐ忘れちゃうけど」

ルーフィンはやや面倒そうな目をして眼鏡のブリッジを上げた。

「そんなことよりも、古文書の解読の結果、流行り病の原因が一応判明しましたよ」

「さっすがルーくん!」

「事の起こりは百年ほど昔、この町の西でとある遺跡が発見されたことです。ベクセリアの民は、軽はずみにもその遺跡の扉を開いてしまったそうです。その中に、病魔と呼ばれる恐るべき災いが眠っているとも知らずに……」

「その病魔が今の流行り病の元凶か」

「古文書によると、病気というより一種の呪いだったようですね。当時の人々は病魔を封印し、遺跡を祠でふさぐことで呪いから逃れたといいます」

「……ってことは、今この町に流行り病が復活したのは?」

「多分この前の地震で、封印に何か異変が生じたんだろうね」

リオの顔色がほんの少し、変わった。ここでも地震の二次災害が発生していたのだ。

「じゃあ、祠にいって病魔ってのを封印し直せば良いの?」

「その通りさ。まぁ素人には難しいだろうけど……この町でできるのは僕だけだろうね」

「じゃあじゃあ、ルーくんが町の人達のために祠の封印を直しに行ってくれるの?」

エリザは目を輝かせて聞いた。

「そりゃ、もしうまくいったらお義父さんだって僕のことを認めてくれるだろうし……何よりあの遺跡を調べられるまたとない機会なんだから、行きたいのはやまやまだよ。でも遺跡には魔物が出るらしいし、わざわざ出かけていって怪我するのも馬鹿馬鹿しいよな……」

「うーん……とにかく今のことをパ……いえ町長に報告してきてください。病気の原因はわかったし、これは大きな進歩ですよ。ルーくんってば凄すぎです!! ……んっ、ケホッ、ケホン!……すみません、興奮しすぎて咳込んじゃいました」

「……行こう、リオ」

ルウはリオの腕を引っ張り、研究室を出ていった。

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