▽ 病魔の町
天の箱舟を動かすのに必要な天使の力を取り戻すために、リオとルウはセントシュタイン城下町から北東にある関所を通った。
関所から北に向かうと、ベクセリアという大きな町がある。二人はススキ野原を越えて、ベクセリアにたどり着いた。
「あんた達、旅の人かい? 悪いことは言わない。よっぽどのことがないなら、この町から去った方が良い」
入口近くで二人を見つけた町の住人がそんなことを言った。その人によれば、この町には流行り病が広がっているらしい。
「気になるのかい? 詳しい話なら、町長さんに聞くと良い。ほら、あの高台の屋敷だ」
町の住人は、自分の後ろを指差した。
なるほど、少し先に高台があり、真ん中に古めの屋敷が建っていた。リオとルウは示し合わせたように高台の方へ歩きだした。
「話なんか聞かずに、さっさとこの町を離れた方が賢明だよ」
町の住人は最後まで止めたが、二人は頑として進むのをやめなかった。そのまま住人に礼を言って、二人は町長の屋敷へと足を運んだ。
◆ ◆ ◆「ようこそ、いらっしゃいませ」
町長の屋敷で出迎えてくれたのはメイドだった。
「……町長に会いたい」
「旦那様なら、二階の書庫で調べものをしているはずです。この家はベクセリアに代々伝わる古くからの名家なので、古文書とかがたくさん残っているんですよ」
メイドは気前良く案内をしてくれた。
「………で、その古文書目当てでここに通うようになったのが、ルーフィン先生なんですよ」
若い娘だからか、歩きながら聞いてもいないことを話し始める。リオが面倒くさそうな顔をしたので、ルウが代わりに相槌を打った。
「旦那様も最初は気前良く許してたんですけど、そしたらエリザお嬢様と……、あっ! いけない、私ったらまた余計な話を……」
メイドは我に返り、このことは内緒にしてくださいね、と念押しして書庫を覗きこんだ。
「なるほど!…………さっぱり読めん。やはり、古文書の解読はあいつに頼むしかないか。とにかく、これ以上被害が広まる前になんとかせねば……」
書庫では、初老の男性が机に向かい、分厚い本を眺めては溜め息を吐いていた。メイドが小さな声で呼びかけた。
「旦那様」
男性はメイドの声に気づいてこちらを振り向いた。
「おや、お客人でしたか。私は、このベクセリアの町長です。何かご用ですかな?」
「流行り病について詳しく知りたい」
「……この町で起こっていることですか。いいでしょう。では、わかっている限りのことをご説明しましょう」
リオの失礼極まりない問い方でも、町長は親切に答えてくれた。
まず、今ベクセリアに広がっている流行り病は、およそ百年前にも流行ったものらしいこと。
そこで、この町長の家にある古い資料をあさって治療法を探してみたがさっぱり内容が解らなかったこと。
やむを得ず、この町の学者であるルーフィンという男にそれらしい古文書の解読を任せている――これは町長の奥さんの提案らしい――こと。
「……そろそろ何か判っても良さそうな頃だが、こちらから聞きに行くのは癪だな……」
どうやら、町長とルーフィンという男は不仲なようだ。また厄介なことになりそうだ、とリオは明らかに嫌そうな顔をした。
それを知ってか知らずか、町長は二人を見て何か思いついたように表情を明るくさせた。
「……お客人、あなた方もどうなっているのか気になっているのではないですか?」
「はぁ、まぁ……」
ルウは曖昧な返事をする。
「ならばルーフィンのところまで行って、様子を見てきてもらえませんかな? あいつの家はこの屋敷の西にある一軒家ですから、申しわけないがひとっ走り頼みますわい」
リオのこめかみが僅かに動いた。隣にいたルウはそれを見逃さなかった。
(リオさん、すっごい嫌そう……)
しかしこれも人助けのためだ、とリオとルウは渋々ルーフィンの家を目指すのであった。
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