アリアドネの糸 | ナノ

▽ 再び、発つ

(……何だろう、少し、寒い……。窓、開いてるのかな……?)

ルウは部屋に入ってくる風で目を覚まし、右手に力を入れた。

「あ……」

しかし、返って来るのは冷たい金属の感触と、羽根の鼓動だけだった。

(しっかり、握ってた筈なのになあ……)

ルウは少しむすっとして唇を尖らせたが、そんなことをしていても仕方がない。

自分は人間で、向こうは天使。元々、関わり合う筈のない種なのだから。

ルウはロザリオと羽根ごと、右手をブランケットに引っ込ませて、ごろりと向きを変えた。

「……なんか、今日は何もしたくない」

いつもなら洗濯をしたり、買い出しに行ったりと宿屋の従業員を手伝っているのだが、今朝のルウはごろごろと寝返りを打つばかり。

「〜〜っ、やめた! 今日もちゃんと仕事しなきゃ。忙しくしてたら、いつか忘れられるよね」

やがてルウは、がばっ! と飛び起きてシーツを剥がした。それを丁寧にかつ素早くたたみ、部屋の隅に置いた。

「こんなに天気が良いのに、部屋にこもってるのはもったいない!」

そう無理に明るく言ってから、ルウはふっと手を止めた。

(リオさんだって、怒るに決まってる。何うじうじしてるんだ、って)

ルウはひとりでにくす、と笑い、手早く身支度を済ませて階段をぱたぱたと降りて行った。



◆   ◆   ◆




「はよ、ルウ」

ルウが意を決して降りて来たのも束の間、なんとカウンターにリオがいた。箱舟が動かなかったのでまたこっそりと戻り、何事もなかったかのように二階から降りてきたところだった。

「あら、ルウ。珍しく起きるの遅かったわねぇ」

「……え?」

なんでリオさんがここに、と言いかけた所で口を塞がれる。

(しっ……。箱舟が動かなかったからまだしばらくこっちにいなきゃならなくなったんだ。わかったら何も言うな)

ルウが懸命に縦に首を振るので、リオは手を放した。

「ところでリオ、話したいことって何かしら?」

ルイーダがカウンターに頬杖を突きながら尋ねた。

「ああ、そうだった。関所の向こうの町に行こうと思ってな」

ルウとルイーダには話が全く見えないのか、黙ってリオを見ている。リオは先を続けた。

「それで今回、きちんとルウと契約をしたいんだ」

「?」

「……ぅえ?」

ルイーダは頬杖を突いた姿勢のまま、目をぱちくりさせた。言われたルウも、何が何だかさっぱりな様子だ。

「……なあんだ、そんなこと。別に私じゃなくてルウに聞けば良いじゃないの。私は反対しないわよ?」

「……え?」

ルイーダの答えが意外にもあっさりしていたので、リオは拍子抜けした。

「……黒騎士の時みたいに反対しないのか」

「あの時はまだあなたを信用しきっていたわけじゃないもの。ちゃんと無事に帰ってきた今なら、ルウを任せても安心だわ」

「え? え? ちょっ……、ぅえ!?」

「……落ち着け」

「だって、え? リオさんがここにいて、私をつれて行きたくて、ルイーダは反対しなくて……?」

「……何よ、そんなに意外?」

リオとルウは揃って大きく頷いた。

「……ルウだって、もう子供じゃないもの。たまには遠くの町に行って、見聞を広げるのも悪くないでしょ? 旅は良いわよ。色んなことが学べるわ。今回はちょっと遠めのお出かけ程度だけど、それくらい自分の意思で決めたいじゃない」

「ルイーダ……」

「ただし、絶対に無理はしないこと! 無理することと頑張ることは違うのよ?」

「う、うん……」

「ホラホラ、そうと決まればさっさと準備!」

「そっそうだね! ……ルイーダ、ありがとう!!」

ルウはすぐに階段を上がって行った。

「……本当は行かせたくないんだろ」

「当然よ。ルウが変な男に引っかかったら大変だもの」

「……俺はその部類に入ってはいないんだな」

「一応ね。良い虫よけになるわ」

「…………」

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