アリアドネの糸 | ナノ

▽ 天使の力

「あれ? あれあれあれ? ちょっと、どゆコト? 天の箱舟ってば、なーんにも変わってないじゃん!?」

明朝、峠の道。

リオは独り、天使界に還るためにリッカの宿屋をこっそり抜け出した。そして魔物が活動を始める前に、暗殺者のごとく草原を駆け抜けてきたところだった。

箱舟の様子がどこも変わっていないようで、サンディは焦ったような声を出した。

「神様がアタシらを見つけてくれたなら、箱舟が光って動き出しそうなもんなのに……。も……もしかしてアタシの予想、外れたっ!?」

リオは再び、溜め息を吐いた。本当に、何度吐いたかわからない。

「そ、そんなワケないよ! 中に入ったらきっと動き出すって! ホラ、早く中に入るよッ!」

サンディは勢い良く扉を開けて中に飛び込み、ぐるりと見回した。

「……マ、マジすか……。中も何も変わってない……。アタシら神様に見捨てられちゃった……!?」

外で見ていても始まらないので、リオも再度溜め息を吐きながら中に乗り込んだ。


――カッ!!


突然、一瞬だけ箱舟が強く光った。

「わ……わわ!」

急に箱舟が反応を見せたのでサンディは驚き、手足をばたつかせてリオのいる方へ飛んでいく。

「ちょっと、どゆコト? 今、一瞬揺れたよね!? あんたが入ってきたとき――」

言いかけて、サンディはぴたっ、と動きを止めた。

「! ……あんたが入ってきたとき!? そうか! それよ! リオ!」

何を思ったのか、ぱあっ! とサンディの表情が明るくなった。

「黒騎士事件を解決したときに出た星のオーラの力で、あんたに天使の力が戻ったのよ! 天使が乗れば箱舟は動くっていうアタシの最初の予想、やっぱ当たってたんですケド!」

「……ちょっと強引な結び方じゃないか?」

リオはそう言ったが、サンディは得意げだ。

「辻褄は合うワ! リオがもっともーっと人助けをして、いっぱい天使の力を取り戻せば、今度こそ箱舟は動いちゃうんですケド!」

サンディは生き生きとした顔で言い切った。先ほどとは真逆のテンションだ。これは信用しても良い、かもしれない。

「まぁ、単純に考えれば……」

「それじゃ、お城の東にある関所を越えて、町に行ってみよーよ! ルウも連れてサ。誰か困ってるかもしれないしネ」

さらりと健気な協力者の名前を出すと、リオの表情がほんの少しだけ和らいだ。

「……そうだな」

「よーっし! なんか希望が見えてきた! 人助けの旅に、出発シンコー!!」

かくして、リオは眠い目を擦りながら、やっと日が昇りはじめた空に向かって歩き出さねばならなくなってしまった。

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