▽ 静かな別れ
……すぅ、と小さな寝息が薄暗い部屋にこぼれた。
少女は安心しきったような寝顔で、傍に座る少年の手を握っている。じっと座っていた少年は、何度目かわからない溜め息を吐いた。
(なぜ出会って間もない男の前で、暢気にすやすや寝ていられるんだ……)
まあ、断れなかった自分もどうかと思うが。とまた少年は溜め息を吐いた。
――数刻前。
「…………」
「……眠れないか?」
「うん……」
「別に会えなくなるわけじゃない。そんなに寂しがることはないだろ」
「うん……」
「少しは気が紛れたか?」
「うん……」
「……人の話聞いてないだろ」
「うん……」
リオは溜め息を吐いた。
実際、ルウは堕ちる前のリオを視ているし、もしリオが天使界に戻ったとしても、ルウがウォルロ村に行けば、会うことができるのだ。
しかし、ルウは最後にリオと長く一緒にいたがった。
自分が眠るまで手を握っていて欲しい、と幼い要求をしたのだ。
リオは拒まなかった。
「リオさん、が……ちゃんと、居た、って……満足、し、たい、の……」
そしてルウは寝息をたて始めた。
◆ ◆ ◆空が段々と白んできた。そろそろか、とリオはしっかりと握られている手を放そうとした、が――
「………………」
放せなかった。
正確には、放してくれなかった、という方が正しい。
無理矢理放すことも考えたが、せっかく気持ち良さそうに眠っているのを起こしてしまいそうで気が引ける。リオはまた、溜め息を吐いた。
(さて、どうしたものか……)
ふと見ると、先ほどセントシュタイン城の宝物庫で見つけたロザリオが枕元に置かれていた。
リオは繋がれている手を動かさないようにロザリオを手に取る。そして自分とルウの手の間にロザリオを差し込み、そうっと自分の手を抜いた。
ルウの手は必然的に、ロザリオを大切そうにきゅ、と握った。リオはその手を見て、表情を綻ばせた。
「……そうだ、」
リオは思い立って懐に手を入れ、純白に赤の飛んだ羽根を取り出した。すっ、とルウの指とロザリオの間にそれを挟む。
ルウの紫の髪をさらり、と愛おしそうに軽く梳いてから、リオは部屋を出て行った。
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