アリアドネの糸 | ナノ

▽ イシュダル戦

キィン!!

[妖女イシュダルが現れた!]

イシュダルの振りかざした短剣は、リオの後ろから突き出た槍に弾かれた。すぐにルウが飛び出し、イシュダルに攻撃をはじめた。

槍を使うルウの方がリーチが長く、有利に見えたが実際は互角だった。それほど、イシュダルが強いということなのだ。

リオは舌打ちをして、小さなビンに入った液体を自分に振りかけた。

「おい、ルウ」

そして手ぶらでルウとイシュダルに近づいた。

「な……リオさん! 何で普通にこっちにきてるの!? 離れてないとイシュダルに……」

ルウは言いかけてリオとイシュダルを三度ほど交互に見やった。

「弱っちそうなくせに余裕かましてよそ見かい! 死ねぇぇッ!!」

イシュダルはまるで、ルウしか見えていないように短剣を振りかざしてくる。咄嗟にルウは槍を横に突き出した。

「ど……どういうこと?」

「そろそろ効果が切れる頃だ。次は俺の番だな」

リオは口元を少しだけ吊り上げ、ルウに液体を振りかけてから剣を抜いた。

「冷たっ! 何?」

「見てればわかる。ここにいると当たるぞ。隅の方で補助を頼む」

――え?

「どうした?」

「え、あ、何でもない!」

ルウはリオから逃げるように離れていった。ルウの様子を見てリオは首を傾げたが、今はそんな考え事をしている場合じゃない。

「俺はここにいるぞ。いつまで捜してるつもりだ」

「ククク……そちらこそ隠れて何をしていたのかしら」

「こっちにもいろいろあるんでな」

「隠れた小娘よりは楽しませてくれるんでしょうね」

「……御期待に添えるよう尽力致しましょう」

リオはきわめて事務的に微笑んだ。



◆   ◆   ◆




(わかった……。リオさんは聖水を使ったんだ。だから魔物であるイシュダルに姿が見られなくなったんだ)

ルウはそう思いながら、リオが疲れてきた頃の絶妙なタイミングでホイミをかけ続けた。

聖水をかけてからもう時間がかなり経ち、イシュダルにも見つかっていたがリオが相手ではルウに近づくことはできない。

(私がいなくても、倒せそう。リオさんだってホイミくらい使えるし、私は邪魔だったのかな……?)

その答えがリオから返ってくるはずもなく、リオは着々とイシュダルにダメージを与え続けていた。

「ククク……いつまでもそんな攻撃じゃ、私は倒せないわよ!」

[妖女イシュダルのバンパイアエッジ!]

イシュダルは下からリオに切りつけた。リオは咄嗟に腕で急所を庇った。リオの右腕に、赤い線が浮かんだ。

イシュダルはニヤリと妖艶に微笑みながら、短剣についた血を舐める。

[イシュダルの体力が回復した!]

「チマチマしないで、何か決定打が必要って事か……」

リオはまた手荷物から聖水のビンを取り出し、中身を自分に振りかけた。イシュダルが顔を悔しそうに歪めた。

「また隠れた……! ククク……良いわ。アンタの目の前で、小娘を切り裂いてやる!」

だがすぐに向きを変えて、槍を構えてすらいないルウの方へ翼を開いて飛びかかった。

「ルウ! 早く、使え!」

リオはルウにビンを投げつけた。ルウはなんとかそれをキャッチし、ふたを外して頭から聖水をかぶった。

ルウはそのままリオのところへ走った。

「二人とも消えてどうするの?」

「一撃で仕留める。聖水を渡すから、玉座の背もたれに上れ。人型の弱点は大抵、心臓だ」

「わかった。やってみる」

「それから、聖水はギリギリまで効果を使わなくて良い。イシュダルに見つからないように。いいな?」

「うん」

「頼んだ」

聖水の効果が切れたリオは、イシュダルに向かって剣を振り上げた。

ルウはリオの方をちらちらとうかがいながら、玉座の方へ走る。

「“バギ”!」

リオはイシュダルの飛行能力を封じつつ、少しでも体力を減らそうと懸命に剣を振っていた。

イシュダルは軽やかに飛びながらリオの剣筋をかわしていく。時おり短剣で弾くも、リオの勢いは止まりそうになく、イシュダルはぎり、と唇を噛んだ。

「何度やってもわからない坊やだね! そんなに全身の血を抜かれたいかい!」

だんだん苛立ってきたイシュダルは、リオが一瞬、玉座に目をやったのに気づかなかった。リオは背を向けて走り出す。

「今さら逃げたって遅いのよ! 八つ裂きにしてやるッ!!」

イシュダルが翼を広げて飛び立った。

所定の位置にたどり着き、リオが振り向くとイシュダルはすぐ傍まで迫っていた。イシュダルはリオの肩を掴んで飛んだ勢いで押し倒し、その上に覆いかぶさった。

イシュダルは興奮したような形相をしてリオを見下ろす。リオは挑発的に口角を上げた。

「積極的だな。そういう女は嫌いじゃない」

「ククク……命乞いくらいなら聞いてあげるわよ」

「残念だが、俺には異形を愛でる趣味はないんでな」

「そう……じゃあ、望み通り死になさい!!」

イシュダルは短剣を振り上げた。リオはしかし表情を変えずにぽつりと言った。

「……ひとり、忘れていないか?」


――ざくっ


「な……に……、!」

ルウが、玉座から全体重をかけて槍を突き刺した。切っ先はリオの右肩を剃れて、床を貫いていた。

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