▽ 北ゆく鳥を追って
「……?」
リオがエラフィタ村から外に出ると、何かの気配を察知した。自分に不自然な影がかかっているのを感じ、ふっと上を見上げた。
――ドカッ!!
「……がふッ!!」
「きゃーっ!! リオさぁぁんッ!!」
ルウが空から降って来て――正確には、キメラの翼を使って飛んできただけなのだが――リオの顔面に蹴りを入れた。
リオはすっかり気を抜いていたので、痛恨の一撃を喰らってしまった。
「わーっ!“ベホマ”っ!“ベホマラー”っ!“ベホマズン”ーっっ!!」
不可抗力とはいえ、リオを瀕死に近い状態にしてしまった。ルウはパニックになり、自分には使えない回復呪文を連呼しはじめた。
「……ホイミ、で、大丈夫だ……」
リオは出血している額を押さえながら苦し紛れに言った。視界が何だか赤い気がする。
「えーと、ほ、“ホイミ”!」
[リオの傷が回復した!]
「リオさん、本当にごめんなさい!!」
「わかった、わかったから」
ルウは風が起きる勢いでリオに頭を下げた。人間にお礼を言われたり感謝されるのには慣れているが、謝られるとリオはどうして良いかわからない。
「とにかく、どうして上から飛んできたんだ」
「キメラの翼を使ったの。私、何回か行ったことがあって」
「そうじゃない。どうしてここまで追いかけてきたんだ」
「あ、そっちか。だってリオさんが私のこと置いて先にエラフィタ村に行っちゃうから……」
リオはそれを聞いて「は?」という顔をした。
「俺が同行を頼んだのは黒騎士退治だけだろう。ついて来る意味が分からん」
さらにルウはそれを聞いて、きょとんとした顔をする。
「どうして? レオコーンさんが可哀相な目にあっているってわかっているのに、私にほっとけって言うの!?」
「だからってわざわざ危険を冒す必要もないだろう」
するとルウは黒騎士戦のときに見せた、悲しそうな顔をした。
「また、そうやって。リオさん、私が女だからってのけ者にするんだ」
リオは何も言うことができずにそのままルウを見つめていた。ルウは俯きながら、押し出すように呟いた。
「皆、勝手に女は弱いって決めつけて、勝手に何でもやって。待つ方だって、辛いのに。一緒に、戦いたいのに」
ルウには、自分の力が及ばずに大切なものを失った過去があった。自分が無力のために、誰かを失うのはもう見たくない。
リオにはキサゴナ遺跡で助けてもらった。今度は、自分がリオを助けたい。レオコーンを救いたい。
ルウが顔を上げた。
「私、ちゃんと役に立ってみせるから。だから、置いていかないで」
リオは心の中で溜め息を吐いた。
――御師匠様。あなたがおっしゃっていた女性≠フ扱い方に、彼女は当てはまらないようです。
「……悪かった、ルウ。戦いたい気持ちは俺もわかるから。だがな、いくらこの辺のどの男に負けなくても、あんたは女なんだ。深い意味はわからなくても、自覚はしてくれ」
ルイーダもきっとそう思っているに違いない。
「リオさんが言うなら、努力してみる。だから連れてって」
「あのな……」
ルウはリオの発言の意味をきちんと理解したのだろうか。そんなリオの心配など露知らず、ルウは生き生きとした顔で話を進めた。
「それで、これからどこに行くの?」
リオはああ、と思い当たって、エラフィタ村で聞いた黒薔薇わらべ歌のこと、レオコーンと再開したことをルウに話した。
「わ……、じゃあリオさんの言ってた、レオコーンは幽霊かもしれないって話は正しかったんだ。そしたら、北の森に行くんだよね」
「セントシュタインに戻るか?」
「ううん、森に行くだけでしょ? ちゃんと準備してきたよ。私もまだまだMPは残ってるし、リオさんよりは回復呪文は使える。大丈夫」
「……そうか」
リオとルウは、先に向かったレオコーンを追って北に進路を取った。
◆ ◆ ◆北の森を抜けると、出た先は廃墟だった。古い、城跡のようだ。かなり大きな建物が、風雨に晒されて、辺りが崩れている。
「ここが……ルディアノ、か?」
確証はないが、間違いないだろう、とリオは思った。二人でしばらく外観を眺めていると、ルウがとある場所を指さした。
「……あ、あれ! レオコーンさんの馬じゃない?」
中央に鎮座している、まだ建物と認識できる塊から、回廊のような細長い廊下がこちら側から見て左側に伸びていた。その前に、レオコーンが乗っていた黒い馬が繋がれていた。
リオ達に入れるところを教えるためか、はたまた朽ちても城は城、と考え馬は入れなかったのかはわからないが。良い目印になって助かった。
「そこから入ろう。多分、出入口はそこだけだ」
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