▽ 姫の依頼
シュタイン湖にてレオコーンの一件を終えたリオは、その日の朝早くにセントシュタイン城、王の間へ向かった。
「お父様、お母様……、やはりわたくしがあの騎士の元へ……」
フィオーネ姫はリオの帰りが待ち切れなかったのか、王と王妃を説得しようとしていた。王妃は悲しみのあまり泣き崩れていた。
「バカ者、泣く奴があるかっ! あの黒騎士の元へ行くことなど断じてワシが許さんわっ!」
慰めているのか、曖昧な所である。
「全く……」
セントシュタイン王は、顔をしかめて玉座に座りなおした。
「ごほんっ! 国王陛下、旅人のリオをお連れいたしました」
「おお! リオ! 待ち詫びたぞ! さあ、早くこちらへ。よくぞ戻った。黒騎士の件、どうであった? ワシに聞かせておくれ」
リオは黒騎士――レオコーンが記憶をなくし、フィオーネ姫を婚約者と見間違えていたこと、ルディアノという王国を探しているため、セントシュタイン城にはもう近づかないと言ったことなど全てを話した。
しかし――
「何!? おぬしはその言葉をそっくり信じて帰って来たのか! そんなもの口から出任せにきまっておろう!」
信用してもらえなかった。リオは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
「お父様っ……!? なぜあの騎士のことを悪く言うのですっ!?」
「ふん、ワシはルディアノという国など聞いたことがない。奴はでたらめを言っているんじゃ! よいか、リオ。奴はフィオーネを狙っていずれまたこの城にやってくる腹づもりよ。黒騎士の息の根を止めるまではおぬしの褒美もお預けじゃ!」
「なぜ、信じてあげられないの……? 本当に国に帰れず困っているかもしれないのに……」
フィオーネ姫が懸命にレオコーンの肩を持ち――それが良くなかったのかもしれないが――セントシュタイン王をなんとか説得して退治を止めようとしたが、セントシュタイン王が自分の意見を曲げることはなかった。
「……!」
突然、フィオーネ姫は弾かれたようにリオが通ってきた階段の方へ走って行った。
「フィオーネ!? ……どうしたというのだ?あのように慌てて…」
「とにかく、ワシは考えを変えるつもりはない。さっさと黒騎士を退治してくるのじゃ!」
リオは黙ってその場から離れた。くるりと向きを変えて下り階段に向かおうとすると、誰かが名前を呼ぶのが聞こえた。
「リオ様……」
出口の柱の陰にフィオーネ姫が立っていた。
「お話ししたいことがあるのです。大きな声では言えませんので、そこの扉を出て東にあるわたくしの部屋にきて下さい」
フィオーネ姫は階段より南に位置する扉を指さして言った。さらに、
「ルディアノ王国のことです……」
そう言って先ほどの扉から走って出ていった。リオはセントシュタイン王も聞いたことがない、という王国の話をする、というのに興味を持った。リオはほんの少しだけ口元を綻ばせたが、すぐにキュッと縫い付けたように綴じ、フィオーネ姫の後を追った。
◆ ◆ ◆フィオーネ姫の部屋は、王族の姫にしては質素な印象を受けた。しかし調度品をよく見ると見事な細工が施されており、なるほどさすが王族の部屋といったところだ。
「お呼び立てして申しわけありません。このことを父に聞かれても、また反対されるだけですから……」
「……」
リオは別に、どうでもよかった。
「実はわたくし、ルディアノ王国のことを耳にしたことがあるのです」
リオは反応したのかわからないほど、僅かに目を見開いた。
「昔、婆やが歌ってくれたわらべ歌の中に、ルディアノという国の名前が出てきたのです。もしかしたらその歌が何か手がかりになるかもしれません……!」
「……ほぅ」
リオは自分にしか聞こえないような、小さな声を発した。
「婆やは今、彼女の故郷(ふるさと)エラフィタの村にいます。エラフィタは、シュタイン湖の西の方にある小さな村……。あの黒騎士は、父の言うような悪い人ではありません……そんな気がしてならないのです……。リオ様、どうかあの方のお力になってあげて下さい」
フィオーネ姫は祈るように胸の前で手を組み、懇願した。リオは何も言わずに、フイッと後ろを向いた。
「……黒騎士の謎は解く。別にあんたに頼まれたからじゃない。興味があるからだ。……ただ、情報をくれたことには感謝する」
扉の方を向きいたままそう言って、リオはフィオーネ姫の部屋を出た。
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