▽ 悲劇の騎士
「……何ゆえ……何ゆえ、姫君は貴様らのような者どもを私の元へ使わした…」
膝をついた黒騎士は、力無くそう呟いた。
「メリア姫はもう、私のことを……。あの時交わした約束は、偽りだったと言うのか…!」
「約束?」
サンディがおそるおそる、リオの襟から顔を出した。戦闘が終わったとわかると、肩にちょこんと腰を下ろした。
「ねえ、リオ。この騎士キモくない? メリアって誰? あの姫の名前は確か……フィオーネ……メリアなんて名前じゃないんですケド」
「そ……それは真かっ……!?」
こっそり耳打ちしたサンディに黒騎士が反応した。
「キャーッ! 何!? アタシのコトが視えんのぉ!? マジビックリしたんですケドっ!!」
ルウに続いて自分の姿を視られていることにサンディは驚き、さっとリオの服に隠れた。
「なぁ、教えてくれ……あの城にいた姫はメリア姫ではなく、別の者だというのは本当か?」
「……本当だ」
「なんということだ……あの者はメリア姫ではなかったのか……。言われてみれば……彼女はルディアノ王家に代々伝わるあの首飾りをしていなかった……」
黒騎士は月の方を向いて立ち上がり、剣を背中の鞘に収めた。
「……私は、深い眠りについていた。……そしてあの大地震と共に何かから解き放たれるように、この見知らぬ地で目覚めたのだ。その時の私は、自分が何者かわからない程、記憶を失っていた……。そんな折、あの異国の姫を見かけ、自分と……メリア姫のことを思い出したのだ」
黒騎士は、リオ達の方を向いた。
「……私の名は、レオコーン」
黒騎士はそう名乗った。
「……そしてメリア姫というのは、我が祖国ルディアノ王国の姫。私とメリア姫は永遠の愛を誓い、祖国での婚礼を控えていた仲だった……」
「じゃあ、何? ぶっちゃけこの黒騎士は、フィオーネと元カノを間違えちゃったワケ? どんだけ似てたのよ、フィオーネ姫とメリア姫ってー」
サンディは頭だけを出して、やれやれといったふうに首を振った。
「いずれにせよ、私は自らの過ちを正す為に、今一度あの城へ行かねばなるまいな……」
「ねえ、リオ。止めた方がいいよ。またややこしくなるだけだって」
「ややこしくなる? ……それもそうだな。ではそなたらの方から城の者へ伝えておいてくれないか? もう城には近づかない、と。ルディアノ城ではきっと本当のメリア姫が私の帰りを待っているはず……。私はルディアノを探すとしよう」
黒騎士は静かに去っていった……
◆ ◆ ◆黒騎士を見送ったリオとルウは、セントシュタイン城下街に向かって歩いていた。
「結局、レオコーンさんは悪い人じゃなかったんだね。セントシュタイン城にきた時も、向かってくる兵士にしか攻撃しなかったってフィオーネ姫様が言ってたし、本当にメリア姫だけが目的だったんだ」
「……」
「リオさん? どうしたの?」
「……いや、この件はこれで終わりじゃない気がするんだ。……戦う前、レオコーンの仮面の中を見たか?」
「……ううん、見てない」
あの時ルウは黒騎士から離れていたため、そんなことは露ほども知らない。
「あの中、人間の顔じゃなかったんだ」
「え……どういうこと?
「レオコーンは現代(いま)の人間じゃないらしい。サンディが視えたのはそれで説明がつく」
「えーっと、つまりレオコーンさんは幽霊かもしれないってこと?」
「そういうことだ。まあ、あんたに頼んだのは黒騎士退治だけだから、その後のことを気にかける必要はない。ルイーダが心配しているだろうから、街に着いたらすぐ宿屋に戻ってやれ」
城下街に着いたのは、その日の明け方だった。何だかんだで今日は完徹になってしまった。
「リオさんは、どうするの?」
「どうするって、レオコーンのことをセントシュタイン王に報告にしないと」
「あ、そっか。終わったら宿屋には寄ってくれる?」
「寄るよ。疲れたしな」
「本当? じゃあ、後でね」
リオは、セントシュタイン城で首を長くして待っているだろうセントシュタイン王の元へ向かった。
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