▽ 黒騎士戦
「薬草は持った?」
「うん」
「魔法の聖水も?」
「持ったよ」
「エルフのお守りは、」
「大丈夫だってば!」
ルウは首にかけた細い鎖を引いて、服の中に入っていた小さなペンダントをルイーダに見せた。
「本当にルイーダさんは心配性ね」
「もう子供じゃないんだから! リオさんも、忘れ物無いよね?」
ルウは不満そうに口を尖らせて言った。けれど心配してくれるのは満更でもないようで、最後には笑顔に戻っていた。
「大丈夫だ。……行くぞ」
「うん。じゃあ、行ってきます!」
「「いってらっしゃい!」」
◆ ◆ ◆セントシュタイン城下街を出発したリオとルウは、夕方シュタイン湖に到着した。
「黒騎士は、ココに姫を置いてくように言い残したんだっけ?」
いつの間にかリオの肩にサンディが座っていた。
「あ、サンディちゃん」
「あんた、ルウだっけ? 霊とか視える人間なんていたのねー。あ、アタシのコトはサンディでいいヨ。少しの間だけど、ヨロシクね」
サンディはなかなかフレンドリーな対応をした。初対面の時よりはかなり信用度が増しているようだ。
「……そういえば、黒騎士から時間の指定はなかったな」
リオが沈んでいく日を見ながら、ぼそっと呟いた。
「リオさん、どうする?」
「とりあえず、夜までは待つ」
◆ ◆ ◆「来ないじゃん! 黒騎士!!」
すっかり日も落ちて、満月が昇った。シュタイン湖が月の輪郭をくにゃくにゃと揺らしている。
「女子との約束ブッチするなんてありえないんですケド!! あたしらもう、帰って良くない? 王様には黒騎士なんていなかったって言っとけばイイし!」
サンディはそう言って、ふよふよと湖を背にして飛んでいった。――ように見えたが、少し行ったところでくるりと振り返った。
「なーんつって、振り返ればヤツがいる、みたい、な……?」
おちゃらけて見せたサンディは急に口をつぐみ、顔を青ざめた。リオとルウもサンディの向いている崖の方を見た。
「……あっ!」
なんと崖の上には、満月を背にして黒い騎馬に跨がった黒騎士が佇んでいた。
「マ、マ、マジっすかぁぁ!?」
サンディはリオの服の襟に逃げこんだ。黒騎士は馬を操り、崖の凹凸を利用してリオ達の元へやってきた。
「誰だ……? 貴様ら……」
黒騎士は静かに口を開いた。
「貴様らに用は無い……姫君はどこだ……」
黒騎士はリオ達に剣を向けた。リオは咄嗟にルウを背中に隠した。
「姫君を出せッ! 我が麗しの姫をッ!!」
――ガキィッ!!
リオは剣を抜き黒騎士の剣を弾いた。それを合図にルウははっとして二人から距離を取った。
[謎の黒騎士が現れた!]
相手が騎馬に乗っている為、高さに関してはこちらが不利だ。リオは雨のように降って来る剣先を避けるので精一杯だった。
一瞬、黒騎士の仮面の中の顔が見えた。
「この……っ、“マヌーサ”!」
[黒騎士は幻に包まれた!]
一時的だが、呪文で時間は稼げた。ルウはリオのところに走ってきた。
「リオさん、私も攻撃する」
「無理をするなと言われただろう。俺もさせるつもりは無い」
「素早さなら私の方が上だよ。ほんの少しだけ私が黒騎士の気を逸らして、その隙に――」
「駄目だ! 万が一怪我でもしたら……」
途端にルウの表情が悲しげになった。
「リオさんも、そういうこと言うの?」
「……何が言いたい」
リオは怪訝な顔をしたが、ルウはそれを無視して黒騎士に向かっていってしまった。
ルウは槍を構え、刃先を煌めかせた。満月によって、強い光が黒騎士の視界に映る。
ルウの思惑通り、黒騎士は彼女を標的に定めた。先ほどリオが受けていた突きを彼女は難無くかわしていく。その瞳は臆することなく、真っすぐに黒騎士を見据えていた。リオは何となく、ルウが言おうとしていたことがわかったような気がした。
まあそういう誤解は後々解くとして今は黒騎士をなんとかするのが先だ。リオは、ルウの言う通りに今のこの隙をついて何とか攻撃ができないか考えた。
(……呪文!)
リオも簡単な攻撃呪文なら使えるから遠距離攻撃は可能だ。しかし命中においては未知数。ルウを巻き込んでしまうかもしれない。
(どうする……正面から向かっても意味がない)
――それなら、正面でなければ良い。
リオは、ルウに気を取られている黒騎士の背後に回り込んだ。ルウは一瞬こちらを見たが、黒騎士に気づかれないようにすぐ目を逸らした。
[リオの攻撃!]
リオは剣を支えにして、黒騎士に蹴りを入れた。不意に後ろから攻撃されて、黒騎士はどさりと落馬した。
「倒、した……?」
「いや、まだだ」
黒騎士は立ち上がり、リオ達の方を見た。リオが剣を構えると、黒騎士はその場に膝をついた。
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