アリアドネの糸 | ナノ

▽ リッカの決意

ノックの音がした。

テーブルについて考え事をしていたリッカは、扉の方に顔を向けた。

「誰? おじいちゃん?」

「俺だ。入っても良いか?」

流石に今は夜なのでリオもそこら辺は自重する。

「リオ? うん。いいよ、どうぞ」

リッカは快く扉を開けてくれた。そしてリオの手にあるトロフィーに目が行く。

「どうしたの?そのトロフィー……」

「見ればわかる」

リオはさっき見つけてきた宿王のトロフィーを、リッカに手渡した。

「これ……宿王と認めこれを贈る、って……セントシュタインの王様から父さんに!?」

ルイーダの言っていたことが本当だと知ったリッカは混乱した。

「じゃあ、どうして父さんは宿王の地位を捨ててまでウォルロ村に帰ってきたの? 私、サッパリわかんないよ!!」

「そのことについては、わしから話そう」

リッカの祖父が部屋に入って来た。

「おじいちゃん、」

リッカの祖父は、リッカの母親の身体は病弱で若くして亡くなっていること、そのせいでリッカも小さい頃は身体が弱かったことを話した。

「でも私、元気だよ。病気だったってこと忘れちゃうくらい」

「それは、この村の滝の水を飲んで育ったからじゃ」

ウォルロ村の滝は、怪我を治し病を遠ざけるというらしい。

リッカの表情がはっと変わった。

「じゃあ、父さんがウォルロ村に帰って来たのって…」

「さよう。あいつは自分の夢より娘を助けることを選んだんじゃ」

「私が、父さんの夢を奪ったんだ……」

リッカはきゅ、と宿王のトロフィーを強く抱きしめた。

「そう思わせたくなくて、あいつは口止めしたのだろうが、もう良いじゃろう。わしは、今のお前ならこのことをきちんと受け止めてくれると信じとるよ」

リッカの祖父は優しく笑ってそう言った。リッカは少し俯いて、何か考え込んでいたようだがすぐに顔を上げた。

「……ねぇ、リオ。私、セントシュタインに行くことにするわ。何が出来るかわからないけど、頑張ってみるよ!!」

リッカはいつもの笑顔になり、リオに向かってそう言った。リオも、ほんの少しだけ微笑み返した。

何を思ったのかリッカはトロフィーをしまうと、部屋から出て行ってしまった。リッカの部屋にいても仕方がないので、リオはとりあえずリベルトに報告しようと出口に向かった。

部屋を出てすぐそばの階段に、リベルトが立っていた。

「おっさん、いたんだ」

急にサンディが姿を現した。今まで小さくなってリオにくっついて来ていたようだ。

「ええ、すべて見ていました」
リベルトが答えると、身体が淡い青緑色の光に包まれた。

「あの子が私の夢を継いでくれるなんて……もう思い残すことはありません。あの子は立派にやってゆけるでしょう……」

やがて光は強くなり、リベルトは消えていった。

「……逝ったわね。これはもう天使として認めるしかないわね! 約束通り天使界へ送ってあげるわ!!」

しかし今すぐに出発するのは怪しいので、峠の道の土砂崩れが取り除かれてから、箱舟のところに行くことにした。

夜ももう遅く、リオは今まで自分が寝泊まりさせて貰っていた部屋に戻った。

「…………」

ルウがいた。ルウは隅にある机に突っ伏して眠っていた。扉の音がしても起きる様子がない。

「……おい、ルウ?」

揺すっても起きる様子がない。セントシュタインから戦闘もしながら来たのだ、疲れるのも無理はない。それに、幼ななじみがよくこの部屋に泊まりに来たとリッカが言っていたが、きっとルウのことだろう。リオが今使わせてもらっていることを知らなかったのだから仕方ない。

リオは逡巡したが、女の子を差し置いてベッドに入るわけにもいかないので――それと人間界にはレディーファーストという言葉があることを思い出した――ルウの肩を掴んで上体を起こし、横抱きにしてベッドに運び、ブランケットをかけた。

――依然としてルウは眠り続けている。持ち上げられたのに気づかないのは少しまずいのではないか、とリオは心配になった。

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