▽ 天使、リオ
ここは、ウォルロ村。
この世界の地図を広げたとして、北西にある大きな大陸の、一番端っこにある田舎の村。滝で有名な、小さな村。
この世界のどの街にも、どの村にも、地上の人間界とは違う、遥か上空に存在する天使界から、それぞれの地域に守護天使が配属されている。
もちろん、ウォルロ村も例外ではない。
今日も和やかな村の様子を、静かに見守る二人の天使がいた。
「天使、リオよ」
片方の、より大きな翼を持った精悍な顔の天使が静かに言った。
「はい、御師匠様」
リオと呼ばれた蒼い髪の天使が、声をかけた天使の方を向いた。この二人は師弟関係にある。
「この村の守護をお前に任せてしばらく経つが、努めを立派に果たしているようだな」
彼の名はイザヤール。天使界でも指折りの実力を持つ天使だ。背中に生えた大きな翼が、彼の力と厳格な人柄を示すように揺れた。
「当然です。御師匠様が今まで大切に見守られた村ですから」
蒼い髪の天使が、先ほどからの無表情を変えずに言った。イザヤールの最初で最後の弟子であるこのリオが、物語の主人公である。
イザヤールは弟子の成長ぶりに満足げに頷いた。
「うむ。この様子なら……ん?」
突然、イザヤールが話すのをやめ、じっと村の外に目を懲らした。リオもそれにならって、イザヤールと同じ方向に目を向けた。二人の視線が、宙を駆ける。
ウォルロ村がある、ウォルロ地方。東にある都市、セントシュタイン城下町からの一本道を、老人と少女が歩いている。その近くを偶然通りかかった魔物達が彼らに気づき、素早く岩影に身を隠した。どうやら二人を狙っているようだ。
イザヤールが顔を強張らせた。
「このままでは魔物に襲われてしまうだろう。さあ、リオよ。我らの使命をはたすときだ。行くぞ!」
「はっ!!」
二人の天使は、翼を広げて村の外へ飛んでいった。
ヒラ……
リオの翼から抜け落ちた羽根が、強い風に吹かれていった。
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