アリアドネの糸 | ナノ

▽ 草原の集落

リオ達一行は、まだ日の昇らないうちに次の大陸に降り立った。
地面のぬかるんだ湿地を抜け、草原に差しかかって少し進んだころ。明るくなってきたのに気づき、四人はおもむろに東を向いた。夜が明けたのだ。海から昇る朝日は、波が光を反射してとても輝いて見えたが、地平線から昇る太陽の光は、草原を優しく包む暖かい景色だった。

「もう少し歩いたらー、目的の集落に着くよー」

レスターが先を見て言った。リオには集落のしの字も見えないが、レスターが言うならそうなのだろう。

「あーほら、着いたよー」

そのままレスターの言うとおりに進んでいくと、
思っていたよりも大きな規模の集落が見えてきた。組み立て式な住居と聞いたときは、普通の宿の部屋くらいな広さがあれば大きい方だと考えていたが、テントに似たドーム型の家は、3、4人が楽に住める大きさだった。

「布は結構丈夫そう。雨が降っても平気だね」
「中って寒くないの?」
「羊の毛で作った布を使うらしい。保温性はかなり高いだろう」

住居の周りには柵がいくつか置かれていた。それぞれ牛や馬が放牧されている。
四人が動物達を眺めていると、住民の一人が気づいてこちらにやってきた。

「あんれま。珍しい人だな。こんなところまで来るとは、さてはおめぇもシャルマナ様に会いにきただな」

聞いたことのない名前を聞いて 、一行はそろって頭上に?マークを浮かべた。

「知らねぇでここに来ただか?」

すると住民は驚いて、すかさずシャルマナなる人について教えてくれた。

「シャルマナ様はな、ある日風のように現れて、この集落に住むようになっただ。これがまた美人な方でな。しかも、摩訶不思議な術の使い手なんよ」

リオの纏う空気が少しこわばった。突然現れたイレギュラー。女神の果実が関係していそうだ。

「その、シャルマナ……様にはどこにいったら会えますか?」
「シャルマナ様はいつも族長様のお傍にいるだよ。せっかくだから族長様にも挨拶しといたら良いべ」

親切な住民の助言の通り、一行は族長へ挨拶という名目のもと、シャルマナなる人物を見てみることにした。集落の奥の高台にある一際大きなパオに向かう。

「お前らは、海から来たよそ者だな。挨拶に来るのは良い心がけだ」

入ってすぐに、豪胆そうな声が響いた。
入り口から奥まで、赤くて細長い絨毯が敷かれている。その先に置いてあるひじ掛け椅子は金の装飾が入っていて豪華だ。そこに座る男性は30、いや40代くらいで、赤を基調とした羽織りに、首から大きな玉のつらなった飾りをさげていた。腰ひもも色々な編みこみがなされている。傍らには、顔を半分、布で隠した妖しげな女性が立っていた。

「オレが族長のラボルチュだ」
「これはこれは……何とも珍しい客人よのお。ホホホ、わらわはシャルマナじゃ」

この妖しげな女性が、例のシャルマナのようだ。ユリシスとは違うものだが、確かに美人である。リオ逹も名を名乗る。

「ほう。それでその方、一体この草原に何の用じゃ?」

リオが女神の果実を探している旨を伝えると、シャルマナの様子が明らかにおかしくなった。

「ひ、光る果実を探しているとな? な、何のことやら……ホホホ。そのようなもの、聞いたことないわ」
「どうしたのだ? シャルマナ。慌てるなどお前らしくないな。よそ者の言うことなど放っておけ。……話は終わりだ。光る果実など、知らん。とっとと立ち去るが良い」
「ホホ……族長はお忙しいのじゃ。今日のところはこれで……」

シャルマナが話を切ろうとすると「父上! お呼びでしょうか!」と若い男の声が響いた。声の聞こえた入り口の方を見ると、20代くらいの男性が入ってきた。邪魔になるといけないので、リオ逹は端によける。

「遅いぞ、ナムジンよ。一体何をしていたのだ?」

ナムジン、と呼ばれた青年は、少し罰が悪そうな顔をした。

「面目ありません。ボーッとしてたら、つい……」

声の調子やきりっとした見かけによらず、ちょっと抜けた人のようだ。

「ホホホ、可愛いのお。わらわはのんびりしているナムジン様の方が好みじゃ」
「ハハハ、そう言ってくれるのはシャルマナだけだよ」

このやり取りにラボルチュはあまり良い顔をせず、椅子に座り直した。

「……さっそくだがナムジンよ。お前を呼んだのは他でもない。オレを狙っている魔物のことは知っているよな? お前にはその魔物を退治してもらう。良いか、ナムジンよ。族長の息子として、見事、手柄を立てるのだ」
「お任せください、父上。父上の名にかけて、必ず、魔物を退治してみせましょう」

抜けた人かと思えば、この自信たっぷりと返すところはやはり、父親に似ているな、とリオは思った。

「……ですが、色々と準備があるので、もう少しお待ちを……」
「お、おい! あれを見るだ!」

パオの外から、住民達の叫ぶ声が聞こえてきた。シャルマナが怪訝な顔をする。

「……何じゃ? 外が騒がしいのお」
「シャルマナ様ぁ! ま、魔物が出ましただ!」
「何だと! おのれ、また来たか! ちょこざいな魔物め」

ラボルチュはふん、と鼻息を出し、ナムジンに命じた。

「ナムジンよ、準備は良いか? 魔物を討ち倒してこい!」

さっきはやる気に満ちていたように見えたナムジンが、今度は顔を青くしている。レスターが、おやっ? というような顔をした。

「こんなにはやく来るなんて……! ボボボ、ボクがあの魔物を……!?」
「あーらら、震えちゃってるよ」
「きっと、準備ができてないからだねー」
「ホームにいるのに準備とかいるの?」
「さあー?」

ナムジンがぶるぶる震えている横で、リオは黙って状況を見つめ、レスターとステラはのんきに会話を繰り広げている。

「ひぃーーーっ! ダメだぁぁぁ! ボ、ボクには無理だーーーッ!」

ナムジンはパオの端まで逃げこんでしまった。ルウは心配そうにそれを見ていたが、リオが反応しないのでそのまま動けずにいた。ラボルチュは顔をしかめ、椅子から立ち上がった。

「なんと不甲斐ない息子だ。こうなったらオレが魔物をぶった斬ってくれるわ」
「お待ちを、ラボルチュ様。あなたにもしものことがあれば、誰が集落を導くのじゃ?」
「シャルマナ……?」

あれだけ息巻いていたラボルチュが、シャルマナの一言でふっと動きをとめた。シャルマナがさらりとナムジンをないがしろにしていることに、ルウは少しいらついた。
シャルマナは、リオの方へ歩いてきた。

「おぬしらは、なかなか腕が立つと見える。おぬしらなら、魔物を倒せよう」
「断る」

こうなることをわかっていたのか、リオは間髪入れずに答えた。しかしシャルマナもただでは引き下がらない。

「おぬしらが勇気を示せば、よそ者嫌いの族長も心を開くじゃろう。光る果実のことも、少しは考えてくれるやも知れぬぞ。どうじゃ、族長の代わりに、この集落を救ってはくれまいか?」

女神の果実を盾にされては、リオも従わざるを得ない。不本意そうに、くるりと向きを変えた。

「ホホホ、任せたぞ。さぁ、行ってくるのじゃ」


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