アリアドネの糸 | ナノ

▽ 船上の憩い

リオ達一行が船に乗り込んでから二日が過ぎた。
南向きの風――ホエルの言う良い風≠ルどではなかったが――に恵まれ、商船は順調にヤハーン湿地を目指していた。
本日も快晴。少々強めの昼下がりの太陽の下、甲板でレスターが木刀を相手に素手で組み手をしていた。リオはマストの下で弓の弦を張り直しながら眺めている。木刀を握る少年は、食堂を管理している夫婦の息子だ。

「リオー! 勝てないよー!」

何回か木刀が落ちる音がして、パウルが叫んだ。

「組み手は勝ち負けじゃないぞ」
「でもいつも落とされんのオレだもん、悔しい」
「良いか、パウル。これは試合じゃない。つまり何でもあり≠セ」

リオは弓をその場に置いて立ち上がり、甲板に転がっていた木刀を拾った。パウルは嬉しそうにリオとレスターから距離を取る。リオが軽く左手で木刀を振ってると、何の前触れもなくレスターが懐に入ってきた。軽いアッパーを手刀で弾く。

「魔物は俺達を殺しにかかってくる。人間のルールなんかが通用すると思うか?」

リオはレスターの腹に蹴りを入れた。勢いを利用してレスターは後ろに跳び、床に手をついて宙返りした。すぐにリオがレスターとの距離を一気に詰める。

「蹴った……」
「何でもあり≠セからねー」

レスターはリオの左手を脚で払い、木刀を飛ばした。とどめとばかりにレスターが右手のひらを突き出した。勝負あった、とパウルは思った。
が、リオは上半身だけをフイと傾けてかわす。レスターの右手を押さえると、どこからか短剣を抜いて首に当てた。もちろん、鞘はついたままだ。

「か、勝った!」

作業をしていた周りのクルーからも、おおっと声が上がる。クルーも戦えないわけではないが、やはりプロは迫力が違う。

「……それはちょっとずるいんじゃないー?」
「誰もパウルと同じスタンスでやるとは言っていない」
「うーん負けたー」

勝ち負けじゃないけれど、とレスターは笑いながら言った。きちんと座って見ていたパウルが立ち上がって瞳を輝かせる。

「すげえ! オレも短いの持とうかな」
「いや、パウルはまず捌き方に無駄がある。もっと肩の力を抜いて、脇を閉めすぎないように。それから手首をその都度柔らかくして……」

リオがこうなっては、レスターの相手どころではない。時おり、何かスイッチが入ったように生き生きとしだす天使を止めることはできないし、その理由もない。ルウがこの状態のリオを眺めるのが好きだと言っていたのは、いつだったか。だいぶつき合いも長くなってきているということだろうか。
動かなくなると急に気持ち悪くなってきた。レスターはのそのそと甲板の端に寄った。

「はやく着かないかなー」

受け流しに成功したパウルの歓声を聞きながら、レスターはぽつりと呟いた。



その夜。
穏やかな風が長々と続き、少ない人数で交代しながら船が進められていた。リオ達一行は既に就寝していたり、それぞれ夜に欠かせない習慣をこなしていたりと思い思いに過ごしていた。
後者に当たるルウが今夜もせっせと薬草をより分けていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。レスターが叩くともう少し部屋に響くし、ステラは同時に声が聞こえる。つまりこの音は――

「リオ? 起きてるよ、どうぞ」

静かに扉が開いて、しっとりとした蒼が顔を出した。石鹸の香りがする。

「明朝には着くそうだ」
「本当? 明日は早起きだね。今度はどんな国があるの?」

ルウが質問を返すと、リオは部屋の中に入ってきた。机は今薬草が広がっているので、ルウはベッドに座るよう促した。リオはそれに従ってベッドに浅く腰かけた。

「レスターから聞いたんだが、湿地を越えたところに草原が広がっていて、遊牧をしている集落があるそうだ」
「遊牧って、馬とか牛とかを放し飼いにするやつ?」
「そうだ。一定の場所に留まらず、移動しながら生活をしていると言っていたな」

作業が終わって、ルウは机を片付けた。細かいかすも丁寧に集めて捨てた。リオが台布巾を持ってきてくれて、最後に綺麗に机の汚れを拭き取った。

「どうしてずっと同じ場所に住まないのかな」

布巾をリオに取られてしまった。ベッドの隣をぽんぽん叩くので、することの無くなったルウは仕方なくリオの隣に腰をおろした。

「俺も思った。だがよく考えたら単純なことだ。同じ場所からずっと牧草を取り続ければ、そこの土地が痩せる。だから、いつまでも餌を確保するために移動して、土地を休ませる必要があるんだ」
「なるほど」

それからルウは、パウルのことを聞いた。食堂でもリオにずっとくっついていたからだ。
リオはほんの少し顔をほころばせながら、最近組み手につき合っていることを話した。数少ないゆっくりできる時間を一緒に過ごせないのは寂しいが、何よりリオが好きなように生活する方が大切だ、とルウは思う。
明日の早起きのことも忘れて、リオとルウは久しぶりに長く会話を楽しんでいた。

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