アリアドネの糸 | ナノ

▽ いつつめの果実

女神の果実の力でドラゴン化してしまったアノンと、地下水道の奥地で攻防を繰り広げていたリオ達一行。
突然、アノンが動きを止めて「自分は人間ではない」と言った。なぜ急にそんなことを言いだしたのか、四人がぽかんとしていると、アノンは悲しそうに「人間は、口から火ぃ吹いたりせえへんもんな……」とつけ足した。

「……せやけど、ここでくたばるわけにはイカンのや。ユリシスはんを、あの城に……あの敵だらけの城に、帰すわけにはイカンのや。わては、死ぬまでやるで……」

アノンは両腕を広げた。リオとレスターがつけたたくさんの傷が赤くにじんでいる。これ以上応戦すると、アノンの腕が持たないかもしれない。ルウとレスターとステラが、リオの顔をちらっと見た。

「……もう、腕以外を狙うしか――」
「お待ちください、リオ様!」
「ジ……ジーラ!」

女王が声をあげた。
なんと、リオ達がやってきた水道から、ジーラが走ってきた。魔物に襲われないためにも、全速力で走ってきたに違いない。肩で息をしていた。

「も、もうこれ以上、アノンを傷つけるのはやめてください! アノンにもしものことがあったら……女王様はもう誰にも心を開かなくなってしまいます!」

その場にいた全員が、信じられない、という顔をした。ジーラはアノンだけでなく、女王のことを心配してここまで来たというのか。

「ジーラ……なぜ? あんなにひどいことを言ったのに、なぜそこまで私のことを……」

そう。先ほど女王は、ささいなミスをしただけでこのジーラをくびにしてしまったのだ。けれど、女王がアノンにさらわれたとき、ジーラは他の侍女達と同じように、女王への不満を言ったりしなかった。

「私、見てしまったのです。女王様がアノンの前で、涙を見せながら話しているのを……」

本当に、偶然だった。女王の部屋からすすり泣く声が聞こえたときは、耳を疑ったものだ。自分も、他の侍女と変わらず不満を持っていたときだったから。

「……わがままな自分が嫌い、両親がいなくて寂しい……。女王様は、そうおっしゃっていました。私は……そのお気持ちを、アノンにだけでなく、私達にも打ち明けて欲しいのです! 辛い気持ちを分けあえば、女王様も変われるはずだから……」

アノンが、傷だらけの腕をそっと下ろした。

「……あの城には、ジーラはんみたいな優しい人もおったんやなぁ……。これじゃあ、わてはピエロやで……。わては力ずくで、あの城からユリシスはんを引き離そうとした。とかげの浅知恵やったわ……」

そして、申しわけなさそうに頭をゴリゴリとかいた。
女王の本当の気持ちを知っていたから、城の人達を敵と判断したのも無理はない。小さいながらも想い人を守ろうとした愛は本物だ。

「……なあ、蒼い旅人はん」
「何だ」
「わてには、わかる。アンタも人間とちゃうやろ。しかも、木の実に詳しいとみたで」

リオはわずかに身体を強張らせた。

「わて、もうこんな力いらん。とかげに戻って、ユリシスはんと一緒に暮らすことにするわ。この木の実、アンタにたくすで……。ジーラはんのような人がいれば、もうユリシスはんは大丈夫や……」

アノンの巨大な身体が黄金色に輝き、靄のようにまばゆい光が広がった。

――おおきに……天使のような、旅人はん……

光が消えると、アノンは元の小さなとかげに戻っていた。かたわらに転がっていた女神の果実を、リオは両手でそっと拾いあげた。

[リオは女神の果実を手に入れた!]

女王も、アノンのそばに歩みよった。

「あなたも、私のことをずっと想っていてくれたのね……ありがとう、アノン」



◆   ◆   ◆




リオ達は、再び玉座の間に通された。
今度のユリシス女王は椅子にきちんと座り、リオ達が見えると自ら立ち上がって出迎えてくれた。変われば変わるものである。

「リオ……といったかしら。ありがとう。命懸けで私を助けに来てくださって。……私はこれまで、自分のことを見てくれる人なんて誰もいないと思っていたわ。でも、今回の件で思い知ったの」

ユリシスは、ちらりと玉座をふり返った。
向かって左側には、アノンがあのお気に入りのリボンをして得意げにこちらを見上げていた。女王の手で少し不恰好に修繕された跡が見える。
椅子を挟んだ反対側には、復帰したジーラが控えていた。女王にアノンのリボンを縫ってあげるように助言と手ほどきをしたのは、彼女だったりする。

「ジーラやアノン……私のことを、大事に思ってくれている人がいるということを……」

ユリシスはリオ達に向き直り、妖艶で、優しい雰囲気の混ざった笑顔を見せた。

「本当に、ありがとう。これからは、皆と力を合わせ、女王として国を盛り上げますわ。気が向いたら、またグビアナにもいらっしゃって。アノン共々、お待ちしておりますわ」



リオ達一行は、城から北東に進路を取り、オアシスを経由して大陸の北側で船に乗り込んだ。
ホエルとリオは次の目的地を決めるために船長室へ行き、他の三人は自分の船室で休んでいる。リオは机に世界地図を広げた。グビアナ城があったところに×印を入れる。

「ここから真北に向かえば、新しい大陸はすぐだな」
「行けそうか?」
「ここらは南向きの風がよく吹くから、真っ直ぐとまではいかないがきちんと着くぜ」
「どれくらいかかりそうだ?」
「そうだな……」

ホエルは別の地図を持ってきて、その上に何本か線を引いた。

「今は凪いでるし、明日にならねぇとわからねぇな。良い風が吹けば一日で行けるが、そうでなかったら……まあ五日ぐれぇだな」
「そうか。じゃあ明日から、その北の大陸に向かってくれ」

リオは目的の大陸の上にペーパーウエイトをぽんと置いて、椅子から立ち上がった。

「どこ行くんだ?」
「少しその辺で身体を動かしてくる」
「晩メシまでには戻れよ、旦那ァ」

ホエルがリオの背中に向かってひらひらと手を振った。リオが控えめに左手を挙げたのを見て、満足そうにニヤリと笑った。

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