▽ アノン戦
アノンは飛び上がり、女王とリオ達の間にドスンと降りた。
「離れろ!」
そのまま腕を振り上げるのを見て、はっとしてリオが叫んだ。
レスターはリオが息を吸った瞬間からもう動き出していた。ルウは咄嗟に後ろに飛び退き、ステラは少し反応を遅らせたが、持ち前の貴族らしからぬ脚力で何とか射程から外れることができた。
振り下ろしたアノンの爪が鈍く光って鋭い残像を残し、ぶおんっと音が鳴った。
「ひえっ、あんなん当たったら一瞬でさよならだ」
ステラはキラーピアスを両手でしっかり握りしめながら呟いた。
アノンは迷わずリオに向かってもう片方の腕を振り下ろした。リオはしゃがんだり跳んだりして、次々に繰り出される攻撃を難なくかわす。
動きは素早いが、反撃できないほどではない。その都度リオはアノンの腕を攻撃する。
「リオばっかり狙ってる……」
「僕たちに見向きもしないってねー」
「油断しすぎじゃないー?」とレスターはちょっと眉尻を下げた。いつのまにか武器の爪を装備し、リオのところまで走り出した。
「どうしよう……!」
「どーしたの?」
「レスターが、武器、」
「だって、あんなんと素手じゃ戦えないよ?」
レスターが爪でアノンの腕を受け止めた。ガッ、と金属のこすれる音が離れたところまで響く。
その隙にリオはアノンの後ろに回り、さっと腰の鞘に剣を収め、背中の別の少し重い方の剣に手をかけた。抜くつもりだ。
リオの顔を見て、ルウの背中が急にぞわっとした。
「だめ、殺さないで!!」
ルウの声を聞いてリオが動きを止めた。アノンはそれを見逃さなかった。城を支える柱と同じくらい太い尻尾で、リオの横っ腹を叩く。リオは真横に吹っ飛んだ。
リオは受け身を取ったが、かなりの距離を飛ばされた。衝撃は大きいだろう。ばっ、とステラがルウを振り返った。
「ルウ! なんで止めたの!?」
「だってアノンは何も悪くないでしょ!?」
そうは言っても、向こうがこちらを殺しにかかっているのに呑気なことは言っていられない。ルウはすぐにリオの治療に向かった。
「“ベホイミ”。ごめんなさいリオ、でも……」
「俺だって殺すつもりはない。ルウにそんなふうに思われていたのは心外だな」
「違うの、いえ、その違わないんだけど、何と言うかっ」
リオの動きがあまりにも滑らかで、まるで相手を傷つけることがなんでもないように見えてしまったから。
「……まあ、それはあとで良い。何か大人しくさせる方法はないものか」
リオはアノンの方を見た。
依然レスターが応戦している。ステラはいつでも呪文を唱えられる態勢にはなっているが、まだコントロールに自信がないようで動きが止まったままだ。アノンは物理攻撃しかしてこない様子。ステラには補助にまわってもらうのが良いだろう。
「蒼いのー!! さっさと出てこんかー!!」
アノンが器用にレスターを掴んだ。
「リオ君危ない退いてー!」
そしてリオとルウに向かって放り投げた。
リオは迷いなくルウを突き飛ばし、さっと身を伏せた。
「へぶっ!」
レスターは思い切り壁にぶつかったが、そんなことで致命傷を負うような身体ではない。
ステラはリオの一連の行動をぎょっとして見ていた。ルウを突き飛ばすわ、レスターをないがしろにするわで驚いたのだろう。唖然としてすっかり固まっている。
「ちょろちょろ逃げんのもええ加減に……」
アノンが大きく息を吸い込んだ。今ステラとリオは一直線上にいる。まずい、何か仕掛けてくる。
「しいや!!」
ゴオォォッ、とアノンが燃えさかる炎を吐いた。このときリオは、魔法戦士に転職し直さず旅芸人のままで本当に良かったと思った。
「“ヒャダルコ”!」
ステラに炎が届く前に、なんとか氷の壁をつくることに成功した。ルウもほっと胸を撫で下ろす。ステラは我にかえって呪文を唱える。リオの氷が溶けるのも時間も問題だ。
しかし、ステラが二回ほど氷の壁を強化したところで、炎はぴたりとやんだ。アノンが、青ざめたような顔をしている。
「ア……アンタらと戦って、わては気づいてもうた……」
はて、何に気づいたのだろうか。リオ達は静かに、アノンの言葉を待った。
「わて、人間とちゃうわ……」
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