アリアドネの糸 | ナノ

▽ 涸れた水道

さらわれた女王を救うため、リオ達一行はグビアナ城の地下にある水道を駆けていた。四人が横に並んでもまだ余裕のある大きな水道だった。この広い水道を満たすほどの水をほとんど自分のためだけに使いきってしまったかと思うと、ルウは色んな意味で女王のことを尊敬した。

奥へ奥へと進む間、リオはレスターとステラに事の顛末を話して聞かせた。

「ふぅん……トカゲもさぁ、女王様さらって何するつもりだろうね」

「うん……。何だかすごく大切そうに扱ってたし、けがとかさせるつもりじゃないと思うんだけど」

そう言ったルウは、女王の身の方はたいして心配していないようだ。

「さあな……」

リオは曖昧に返事をした。

と、ここまで一本だった水路が複数に別れていた。あのドラゴンは、どちらに向かったのだろう。

「わかるか、レスター」

レスターが道中顔をきゅっとしかめ続けていたから、今まで来た方向は間違っていないはずだ。レスターはひとつずつ道を確かめた。

「うーん……みんな同じに感じるなー。どう行っても一緒なんじゃないー?」

「そうなのか」

「ねぇリオ、扉があるよ」

ステラがある方向を指さした。小さな建物のようだ。しかし、何のための施設なのかリオにはわからなかった。

「きっと、ここの管理室か何かじゃないかな」

リオが思案顔になったのを見てルウが言った。

「なるほど。水道の見取り図か何かがあるかもしれない」

リオが興味を示したので、一行はその建物を目指して歩いた。レスターが梯子を見つけ、建物の立つ高さに登った。

「うわっ、埃だらけ。アタシパス」

リオが扉を開けたわずかな風で、床に積もっていた埃がぶわっと舞った。ステラはそれを嫌がり、扉から離れた。

「え、リオ? どうしたの?」

ルウの聞いたのを無視して、リオが何かに惹かれるように中に入っていった。レスターとステラと三人で、顔を見合わせた。

――はっ、とルウが建物の中にある気配に気づいた。死者の、気配。そして、心配そうにリオの方を振り返った。

「ルウちゃんも気になるなら見てきなよー。ここで待ってるからさー」

「う、うん」

ルウはステラを気づかって、そうっと扉を開けた。


中はやはり、管理室のようだ。真ん中にどっしりとしたテーブルが置いてあり、周りをいくつかの円い木の椅子が囲んでいる。

向かって右側の部屋の角に、リオは立っていた。リオは壁一面に置かれた本棚を――いや、人影を、機械的な表情でじっと見つめていた。

「リオ……?」

ルウが声をかけると、はっとリオの瞳に生気が戻った。ルウの方をふり返り、手招きをしてそばに呼び寄せた。ルウがリオのとなりに立つと、目の前に豪華な異国情緒のあふれる衣装と王冠が飛びこんできた。静かに、少し掠れた声が響いた。

「私の名はガレイウス。女王ユリシスの父。つまり、この国の先代王である」

ガレイウス、と名乗ったのは老人だった。威厳のある黒い瞳ときりっとした眉が、女王のそれとよく似ている、とルウは思った。

「旅の者よ。私の……この愚かな父の話を聞いてくれ」

魂の願いには無条件で応えるのが、リオの天使としての義務だ。リオはわずかにあごを引き、ルウは大きく頷いた。

「私は……王としての名声を求め、娘のユリシスのことには見向きもしなかった……。ユリシスを、人の心がわからぬわがままな女王にしてしまったのは、他でもない、私なのだ……」

先代王は、国を想い民を想い、国のため民のため、水道を掘り抜いた名誉のある王であった。しかしその裏では、娘をかえりみない、薄情とも取れる父親の姿がユリシスには映っていたのだろう。

「そんなこと、今さら言ったって遅すぎます。立場に甘んじて家族をないがしろにするなんて、最低な父親です。……甘えることも、知らないままで」

ルウが低い声で言った。一国の王に説教をするあたり、どうやらかなり怒っているようだ。

「ああ、あなたの言う通りだ。しかし、人のぬくもりを知らぬまま、孤独に生きる娘を見守るのは、あまりにも悲しすぎる……。旅の者よ……どうか、ユリシスを助けてやってくれ。愚かな父の願いを……どうか……」

先代王は悲しげにそう言って消えた。



◆   ◆   ◆




管理室を出た一行は、再び水道の奥を目指した。地図は見つからなかったが、てきとうに選んだ道が途中からずっと一本道になったため、そのまま進むことにした。レスターは、相変わらず顔をきゅっとしかめている。

「……なあ、ユリシスはん。わてと一緒に、これからスウィートな人生を……」

奥の方から、声が響いてきた。何だかよくわからない訛りが入っている。四人は急いで声の方に走った。ユリシスがこちらに背中を向けて立っているのが見える。彼女は何か、大きなものを見上げている――。

「あーっ! お前はっ! わてを草むらから連れ戻した、けったいな旅人やないか!」

金色のドラゴンだった。首に、鮮やかな色のリボンを巻いている。

ドラゴンは、リオをびしっと指さした。

「特にそこの蒼いの! わてのお気に入りのリボンに穴あけはってんやで!」

ドラゴンが、リボンを見せるように首を少しひねった。確かに、首のリボンの結んだ輪っかの部分に、小さく細長い穴があいていた。捕まえる際にリオの投げた短剣が掠ってしまったのだろう。

「あーらら。そりゃリオが悪いわ」

「とかげ君がけがをしなかっただけ、すごいと思うけどなー」

「しかもお前のせいで、あの木の実を使って、わての夢を叶えようっちゅう計画が台無しになるとこやったんやぞ! 動物的ホンノーが訴えかけたんや! あの木の実を食べたら人間になれる、っちゅうてな! そんでわては人間になったんや! どやっ! イケメンやで〜っ!」

ドラゴンがうおーっと吠えた。金色の身体と、ずらりと並んだ大きな牙が、薄暗い水道に鈍く光った。

「ま、ちょっとカッコよくなりすぎて、ユリシスはんもたじたじやけどな」

ドラゴンは照れたように頭をゴリゴリとかいた。四人もたじたじになっていると、リオのかたわらにサンディが現れる。

「ヤ……ヤバいよ、リオ。コイツ、このカッコで自分のこと人間だと思い込んでるって……」

「向こうの方がよっぽどけったいだな」

リオがぼそっと呟いた。

「ハ〜ン? なんか言うたか? そんなことよりもな。お前ら、何しに来たんや? 長年想い続けたユリシスはんと一緒になろうっちゅう、わての夢をジャマしにきたんか?」

「ハァ? あんた、女王様のことが好きだったってワケ? トカゲのくせに?」

リオの肩の上で、サンディがそんなことを言った。脚まで組んで、がっつり上から目線だ。謎の乙女(ぎゃる)のくせに。

「とかげ君って壮大な夢を持ってたんだねー」

「じゃかぁしいっ! ようやく人間になれて、そのチャンスがめぐってきたんや! わてのジャマするヤツは許さへん……許さへんぞーーーーッ!!」

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