▽ 作戦成功、目的不達成
リオとルウが決死の飛びこみをしようとしていたころ。沐浴場の入り口に戻ってきたレスターとステラは、再び見張りの女戦士と睨み合っていた。
「ダメ! もっと薄ーくお切り! それではスライスした果実が全体にいき渡らないでしょう!」
扉の向こうから、再び女王の声が響いた。こうしている間にも、果実はどんどんスライスされていってしまう。ステラはどうにかして扉を開けさせようと、女戦士に食い下がる。
「あの果実は、リオ以外の人がどうこうして良いもんじゃないのよ! どうしてそれがわかんないの!?」
「果実の今の持ち主はユリシス女王陛下だ。ご自分のものをどう使おうと陛下の自由」
「アンタ状況わかってんの!? 女王の言うこと聞いてるだけが忠誠じゃないでしょうが!!」
言い合いは続く。ステラが強行手段に出ないように抑えながら、レスターは願うように天井をあおぎ見た。
◆ ◆ ◆頬に、水の当たる感触が続く。目をつぶっていて何も見えないが、握られた手の力が、ルウを恐怖から護っていた。
――ぐいっ
手のひらから手首に握る手を変えられて、ルウは身体を引きよせられた。耳のすぐ横で、息を吸う音が聞こえた。
「……“バギ”!」
小さな突風が巻き起こり、リオとルウの落下速度を弱める。同時に、リオはルウの後頭部を腕で抱えた。
ザッバーーン!!
「キャーーーー!!!」
リオは翼があったころのように脚から着地したが、ルウの重みも加わってバランスを崩し、結局転がった。傍にいた女官がものすごい悲鳴をあげた。突然上から人が降ってきたら、誰だって驚くだろう。風のおかげでルウも大した衝撃を受けずにすんだようだ。リオはすぐに身体を起こし、あたりに目をこらした。
リオの臑(すね)の半分くらいの深さの水面が激しく揺れて、傍らを何か黄色くてひらべったい円いものがぷかぷかと通りすぎた。――いや、これだけではない。沐浴場の一面に円いものは散らされていて、心なしか甘い匂いがする。この色は間違いない、女神の果実だ。首尾よく沐浴場にはたどり着けたが、間に合わなかった。
(くそ……っ!)
リオは乱暴に額の水を拭った。払われた水滴は、いら立ちを表すかのようにばしゃ、と音を立てた。その水面に、女王の細い足首のゆらめくのが視界の端に見えた。
「ちょっと、あなた? ここがどういう場所かご存じ!? 一体、何をしに……」
女王が腰に手を当ててリオとルウを見下ろした。眉間には不機嫌そうに皺が寄っていた。が、何かに気づいたのかすぐに元のなめらかなそれに戻る。
「……もしかしてあなた、黄金の果実を取り返しにきたのかしら? アハハハハハ! もう手遅れだわ! 見ての通り、果実はぜーんぶスライスしてしまったもの!」
女王は勝ち誇ったように笑い声をあげた。確かに、こんなに細かくされては回収のしようがない。
(どうする……?)
「リ、リオ……あれ見て!」
ルウがとある方向を指さした。金色のトカゲが見える。
「キュウ、」
なんと、金色のトカゲが女神の果実の切れを食べている! 女王はそれに気づかないのか、トカゲの鳴き声を聞いて猫なで声で話しかけた。
「アノンちゃーん? ごめんなさいねー、びっくりしたわよねー。もう大丈夫ですよー」
反応がない。トカゲの動きが止まり、彼を取り巻く空気が変わった。
「アノンちゃん……?」
トカゲはふわりと宙に浮かび、女神の果実と同じ黄金色の靄(もや)に包まれた。そして、強い光が沐浴場に広がる。眩しくて、リオとルウは手で光を遮った。
「ひぃぃ! アノンちゃんがッ! アノンちゃんがぁーー!!」
突然、女王が悲鳴をあげた。リオとルウは目を開ける。
「「!?」」
女王の目の前には、トカゲではなく、金色の大きなドラゴンがたたずんでいた。ドラゴンは、女王を鋭い爪の間にそっと挟みこみ、飛びあがった。
「キャーッ! たーすーけーてー!!」
周りの人々のなす間もなく、ドラゴンと女王はそのまま沐浴場の隅の井戸の中に消えた。
「じょ……女王様がさらわれちゃった……」
あたりが呆然となった。
「で……でも、これはきっと天罰よ! ワガママし放題の女王様に、天罰がくだったんだわ!」
「フン、いい気味だわ! このまま女王様がいなくなればいいのにって、みんな思ってるはずよ」
侍女達が、本人が聞いていないのを良いことに不満をぶちまけはじめた。女王は相当やりたい放題の生活をしていたようだ。だからといって後を追わないわけにはいかない。リオは入り口の扉に走り、蹴破って開けた。女戦士の赤い鎧が目に入る。
「何だ!? 貴様、一体どこから――」
見張りの女戦士が剣を抜いた。
「……うっ!」
同時に、レスターが手刀を入れた。
「ごめんねー? 緊急事態だからー」
「って、果実スライスされてんじゃん! リオ、どうするの!?」
「後で考える。さっき捕まえたトカゲが、果実の切れを食べてドラゴンになった。詳しいことは道中話す。……こっちだ」
リオはレスターとステラを沐浴場の中に入れた。ルウはすでに井戸を通って地下に降りつつある。リオが中を覗きこんだ。
「大丈夫か?」
「うん。大きい水道みたいだよ。ちょっとかび臭い」
「よし。そのままそこで待ってろ。勝手に進むなよ」
リオは井戸のふちに手をかけた。
prev /
next