アリアドネの糸 | ナノ

▽ 沐浴場侵入作戦

リオ達は、謁見の間から一気に階段を駆け降りた。しかし沐浴場の扉の前には、すでにリオ達を阻むための見張りが立てられていた。ステラがむりやり通ろうとすると、剣先を向けられた。

「ここは、女王様専用の沐浴場である」

「そんなことわかってるよ! 果実を返してもらいにきたんだから、そこを退きなさい!」

ステラが貴族特有の眼差しで、見張りの女戦士を睨みつけた。女戦士はびくともしない。

扉の向こう側から、女王の声が聞こえてきた。

「いい? お前達。これから、黄金の果実風呂をつくるから。この果実を薄ーく切って、全体に散らしてくれる? さあ、すぐに取りかかって」

「……と、このように、女王様は果実風呂の用意をしていらっしゃる。中に入ることはまかりならん」

きっと、果実はもうナイフが入れられているだろう。サンディが何か叫んでいるが、この際無視だ。リオはレスターをちらっと見た。

「……何とかして入れないだろうか」

「うーん……」

レスターが腕を組んで考えはじめた。リオとルウは黙って見守るが、ステラは女戦士を睨み続けている。

「うーん……うーん……あ! ねーねー、ここってー、ちょうど謁見の間の真下じゃないー?」

「どういうこと?」

「……玉座の後ろの滝か。あれが沐浴場に流れこんでいるとしたら……」

ルウの瞳が見開かれた。リオの発言を聞いて、ルウにもレスターの言いたいことがわかったらしい。

「えっ、そしたら、あの柵から飛び降りるつもりじゃ……ないよね?」

「いや、柵は高すぎて越えられないだろう。それに、人がいたら止められる。もっと、上にあるはじめの方を探すべきだ」

それはつまり、飛び降りて侵入することを肯定していることになる。

「だ、だめ! けがするよ!」

ルウは走り出そうとしたリオの右腕を掴んで引き止めた。リオは首だけを振り向き、左手でルウの手をそっと退かした。

「天使界を救うために、女神の果実をすべて集めなくてはならない。ルウにもわかっているはずだろう」

「なら……私も一緒に飛び降りる」

「えぇー!?」
「えぇっ!?」

レスターとステラが同時に反応した。

「……自分が何を言っているかわかっているのか?」

「リオが飛び降りるなら、私も飛び降りる。リオが行くところなら、どこへだってついて行く」

「下手をしたら死ぬかもしれないんだぞ」

「それはリオも同じでしょ」

「俺は人間じゃない、ルウ達とは違う。だから、飛び降りたくらいで大きなけがはしない」

俺は人間じゃない

リオの言う通り、彼は紛れもなく天使であり、自分達は正真正銘の人間だ。だが、リオが口に出して言うとなぜか悲しく聞こえてしまう。線を引かれているように感じる。

「同じ旅をする仲間でしょ!」

ルウはつい語気を強めてしまう。唐突に言い合いをはじめたリオとルウを見て、ステラがこっそりレスターに耳打ちした。

「ねえ、リオとルウってけんかするんだね。昨日、部屋割り変えても何も言わなかったし、普通に仲良しだと思ったんだけど」

「うーん、まー仲良しなんだけどねー。ふたりって正反対の性格してるからー」

レスターが苦笑しながら言った。ふたりが衝突するのは、互いに相手の気持ちがわかるからこそだ。そして互いにそのことを知っている。だからレスターは口出しをしない。けれど、どちらが折れるかは、いつも決まっている。

「…………」

「…………」

言いたいことを言いきったのか、いつのまにかリオとルウは互いに睨み合っていた。ルウの方は少し、息切れしているような気がする。

やがてリオが、大きなため息を吐いた。

「……わかった。飛び降りるのはもう構わない。ただし、俺の上に落ちてこい」

「な……やだ私重いもの!」

飛び降りない、という選択肢はないのか。ルウ以外の三人の心が一致した。

「ルウがけがをしたら、俺が困る」

人間は、か弱く愚かな生き物だ。だから、守り導く必要がある。今まではそう思っていた。なのに、目の前の少女はなぜこうも気持ちを強く持てるのだろう。

何が、ルウをこんなにもつき動かしているのだろう。

「……レスターとステラは、ここに残れ。内側から扉を開ける」



リオとルウは屋上に向かった。トカゲのアノンを探していたときに、それらしい水場があったとリオは言う。

「あれだ」

謁見の間の真上に位置する場所に、確かに用水池のようなものがあった。かたわらで男性が釣り糸を垂らしている。リオは男性に声をかけた。

「おい、ちょっと良いか」

「はい、何でしょう?」

「ここの水は、どこに行くんだ?」

「何と!? ここを突き止めるとは、あなたに同類の香りを感じますね! その通り! ここの水は、沐浴場に流れ落ちています」

どこに流れているかを聞いただけで、別に沐浴場がどうとかは言っていない。ちなみに、城の女官達から変態と認識されているこの男性に同族呼ばわりされるのも甚だ遺憾である。確認はできた。リオは無視を決めこむ。

「…………いくぞ」

「うん」

リオが先に水の中に脚を入れた。端の方は底があり、真ん中にあいた穴から水が落ちているようだ。ルウもそれにならってリオの隣に立った。

ひゅ、とリオが息を吸いこむと、ルウはリオの袖を掴んだ。

「……一緒に」

やはり彼女は、自分の言うことを聞く気など全くないようだ。ならば、甘んじて受け入れようと思う。他でもない、彼女のために。

リオはもう一度息を吸いなおすと、左手でルウの右手を取り、水の中に飛びこんだ。

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