アリアドネの糸 | ナノ

▽ わがまま女王の素敵計画

金色のトカゲを無事に捕まえたリオ達一行は、さっそくジーラのもとに行って確認をした。

「まあ! そのトカゲ、まさしくアノンちゃんだわ! 外にいたんですね!」

ジーラはアノンを見るなり、心の底からほっとしたような顔になった。

「ああ、良かった! 本当にありがとうございます! 謁見の間におられる大臣さんにも、このことをお伝えください。きっと待ってらっしゃるはずですから。……それにしても、どうしてアノンちゃんは外に出ていったのかしら……?」

確かに、探していたペットのトカゲだったようだ。四人は依頼主の大臣のところへトカゲを持っていった。



「おお! そのトカゲはまさしく、女王様のペットのアノンちゃん! でかしたぞ、旅の者! 約束通り、おぬしらを女王様に会わせてやろう!」

大臣は、近くの使用人に女王を呼ぶように命じてくれた。



◆   ◆   ◆




別室に案内されてしばらくしてから、リオ達一行は再び謁見の間に通された。大きな玉座に、艶やかな長い黒髪と大きな黒い真珠のような瞳を持った女性が、しどけなくもたれて座っていた。太陽をモチーフにした飾りのたくさんついた衣装が、すべらかな褐色の肌に良く映えていた。

「ユリシス女王様。こちらが、アノンちゃんを見つけた旅人達でございます」

大臣が、うやうやしく四人を紹介した。女王は興味なさそうに、けだるげに手をひらひらと振った。

「おだまり……大臣。そんな旅人のことなど後で良いわ」

そして、傍に控えていたジーラを舐めるように見つめた。

「ねぇ、ジーラ? アノンが逃げ出すなんて、これまでにあったかしら?」

女王の声が、蛇のようにジーラに絡みついた。ジーラは黙って肩に力を入れて立っている。

「お前は……一体、アノンに何をしたの!?」

女王が語気を強めた。ジーラは耐えかねたようにその場にひざまずいた。

「も、申し訳ありません! いつも通りお世話をしてたら、急にいなくなってしまって――」

「言い訳をしてもむだ……お前は、今日限りでくびよ。荷物をまとめて出ていきなさい」

「そ……そんな……!」

ルウが拳をぎゅっと握りしめた。

「で? あなた達は、この私にどんなご用かしら?」

まるで埃をはらうようにジーラを切った女王は、けろりとしてリオに聞いた。

「あんたが商人から黄金色の果実を買ったと聞いてきた。あれは俺の故郷(くに)のものだ」

「そう……私に黄金の果実を譲れ、とおっしゃるのね。それは無理な話だわ。」

女王は相変わらずすました表情を変えずに言った。リオもじっと黙って先を促す。

「なぜって……? 今、私の手元に黄金の果実がないんですもの。お風呂から出たら果実がなくなっていたの。どうせ、どこかの泥棒猫が盗んで食べたんでしょうけど……」

女王はジーラに咎めるような視線を投げた。いい加減ルウが頭にきて、女王の方に一歩踏み出した。

「よせ、ルウ。ジーラの立場も悪くなる」

リオが左腕を出してルウを制した。ルウは歯をくいしばる。

「でも……でも……!」

「じょっ女王様っ!! 大変でございます! アノンちゃんの見つかった草むらを調べていたら、こんなものが……!」

突然、女官が駆けこんできた。ぱっと女王の前に膝をつくと、何かを両手で差し出した。女王が手の中を良く見ようと玉座から立ち上がる。

「それは……黄金の果実!? どうしてアノンちゃんが……?」

女王がトカゲに視線をやった。金色のトカゲは、何やら首についたリボンを気にして鼻を動かしている。

「ま、果実が見つかりさえすれば、些細なことは気にしないわ。……どう? この果実、あなた達に差し上げてもよろしくてよ?」

ステラがぱっと視線を上げたが、リオは間髪入れずに答えた。

「俺はあんたの言うことを信用するほどお人好しじゃない」

「ま。やだ、そんなに怖い顔なさらないでくださる?」

女王はおかしそうに目を細めた。

「私、この果実をスライスしてひと切れ残らず沐浴場に浮かべようと計画しておりましたの。黄金果実のお風呂に入れば、お肌がもっとスベスベになるに違いありませんもの」

女王はリオの目の前に歩いてきた。リオは腕でルウを後ろに押し戻し、ルウが少しよろめいてリオから半歩ほどの距離ができた。近づいた女王がリオの白いあごに食指を添え、くい、と持ちあげた。蜂蜜の香りがリオの頬をかすめた。

「嬉しいでしょう? あなたの探している果実は、こんな名誉な使い方をされるのよ」

リオは眉間に皺を寄せて、女王の手を右手でパシッと払った。女王の笑みがますます深く、魅力的になる。

「それではアノンちゃん? ばっちい旅人さんに触られたから、さっそくお風呂にいきましょうねー」

キュウ。とトカゲがご機嫌に鳴いた。女王は周りの侍女達を連れて、階段を降りていった。

「何よ、あれー!? 超カンジ悪いんですケド! ホントに女王様!?」

「何あいつ、むっかつくぅう!!」

サンディとステラが同時に叫んだ。もっとも、サンディの声は小さくてリオにしか聞こえていないが。

「ねえリオ、今の聞いた? アイツ、女神の果実をスライスするとか言ってたよネ!? 女神の果実をスライスなんかしたら、何が起きるかわかんないヨ!」

皮をむいたりスライスしようとしたり、人間は神秘的に輝く果実の扱いに躊躇がない。

――この上なく、愚かだ。

「マジヤバいって!! すぐに追っかけて止めなきゃ。女王たちが向かった沐浴場まで、ダッシュで行くヨ!」

大慌てでサンディが非力ながらもリオの肩の服の生地を掴んで引っ張る。その力に引かれるようにふ、とリオは走りだした。

「あっリオ君どこに行くのー?」

そう言いながらもレスターはリオのすぐ後ろについた。ルウとステラが遅れて追いかける。

「沐浴場だ。こうなったら、何としても奪い返す」

リオの頬には、まだ甘い香りが残っていた。

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