アリアドネの糸 | ナノ

▽ 砂漠の城

グビアナ城下町、滞在二日目の朝。ルウは南向きに開けられた窓から顔を出し、まだ生ぬるい空気を吸いこんだ。隣のベッドはすでに整えられて空っぽだ。つくづく、規律の厳しい生活が染みついていることを物語っていて、なんだか悲しい気がした。昨日はきちんと眠れたのだろうか。

ルウが仕度をして受付に降りると、リオがホエルと話しているのが見えた。

「ホエルさん、おはようございます」

ルウが声をかけると、二人が同時にこちらを向いた。ホエルが相変わらず豪快な笑顔を浮かべた。

「おう、良い朝だな! 聞いたぜ、脱水症状になったんだってな。気をつけてくれよ」

「すみません」

「倒れたのが女で良かったな、旦那。それじゃ、予定は決まったから、後は好きにさせてもらうぜ」

「ああ、ご苦労さん」

ホエルは今後の滞在予定を話しにきただけのようだった。さっさと宿屋を出ていくところにいささか愛想がない気がしたが、リオが何も言わないのでそれで良いことにした。

「良く眠れたか」

「うん。リオのおかげ。ありがとう」

「役に立ったならそれで良い。……レスターとステラを起こすぞ」



◆   ◆   ◆




リオ達一行は揃って朝食を摂り、さっそく女神の果実の捜索を開始した。まず、前日に集めてもらった市場の情報をレスターが報告する。

「果実は確かにバザールにあったみたいなんだー。その拾ったらしいっていうどこだかの旅の商人がねー、女王様にあげちゃったんだってー。それが大体三日か四日くらい前の話ー」

かい摘まむとこうだ。

果実を砂漠で拾った商人は、それを売るためにバザールにやってきた。案の定、果実の値はどんどんつり上がっていったそうだ。売り文句も、いろいろあることないこと言っていたらしい。しかしその商人はただの利益だけでは物足りなかったのか、果実を女王に献上したのである。現在、グビアナ城に滞在し、豪華なもてなしを受けているとか。

「うわぁ。きっとそいつ、女王の寵愛受けてバザールに有利な権限とかもらっちゃおうって魂胆なんじゃないの?」

「ありえない話ではないが商人なんかどうでも良い。……ったく、一番厄介なことになったな」

リオがこう言うのにはわけがある。

サンマロウから船で移動していたときのことだ。ホエルからこの砂漠の国について、リオは簡単な説明を受けていた。

「グビアナは今、かなり美人な女王が治めている国でな。だがこの女王がとんでもないわがままな女だって噂なんだぜ」

わがままの例として、水の浪費がよく挙げられるという。何でも、先代の王――つまり、今の女王の父親のことだ――が自ら掘って完成させたふたつの地下水道のうちひとつを、女王専用の沐浴場のために潰してしまったというのだ。国民の生活が豊かになるように、と造られた地下水道は、しかして豊かな水に慣れた国民をいっそう渇きに追いこんでしまったのである。

その他限りない贅沢をして暮らす女王が、神秘的な光り輝く果実を利用しないはずがない。一行はすぐにグビアナ城に赴いた。

「あれ、中はなんだか涼しく感じるね」

「水が張ってあるからだろう。砂漠に住む者の地位は、どれだけ水を自由にできるかがひとつの目安になっていると聞く」

城の中には広い水路がめぐらされ、涼しげな音をたてていた。熱が入らないように小さく開けられた窓から太陽の光が入り、壁の近くの水面を照らしている。忙しそうに女官が通りかかり、腰を結んでいる布のたれていた端が水面をかすめた。揺れた水が、きらきらと光を反射する。

「地位ってゆーかどれくらい金持ってるかだよね」

「さすが一国の主、といったところだねー」

女王はどこにいるのか誰かに聞こうと思ったが、何だか皆忙しそうに走り回っていてなかなか人が捕まらない。大抵は上の階にいるものだ、と見当をつけて、一行は階段を上がっていった。

謁見の間にたどり着くことはできた。大きな玉座の後ろに滝が流れている。本当に、この城の主は国民のことなど何も考えていないらしい。しかし肝心の女王がどこにもいない。リオは手近な男性に声をかけた。

「女王に会いたいんだが」

「女王様なら沐浴中だ。何かご用かな?」

男性はこの国の大臣だった。これは都合が良い。リオは女神の果実を探している旨を伝えた。

「金色の果実……? それなら、とある旅の商人が女王様に差し上げていたが……」

「私達、その果実が必要なんです。すぐに女王様とお話しすることはできないでしょうか」

「うむ……しかし女王様はただの旅人などとは決してお顔を合わせぬ御人。お目通りはかなわん……」

大臣は腕を組んでしばし無言になった。女王よりはいくらか心の広い人のようだ。

「そうじゃ! 実は、このグビアナ城では困ったことが起きているのだ。それを解決してくれたら、女王様に会えるよう計ってやろう」

「……よし、乗った」

「そうか、良かった。実はな、女王様のペットである金色のトカゲを、ジーラという侍女が逃がしてしまったんじゃ。お主らには、そのトカゲを探す手伝いをして欲しいんじゃよ」

城内がやたら忙しそうだったのは、総出でトカゲを探していたからである。ジーラという侍女は、なかなかとんでもないことをしてしまったらしい。

「ジーラは、下の階のろうかでまだトカゲを探しているはず。話を聞いてみるが良い。金色のトカゲは、女王様の心の友とも呼べる大切なペット……よろしく頼んだぞ!」

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