▽ 旅芸人、リオ
グビアナに着いてすぐ、リオ達一行は宿を取った。陽射しから守られた、少しひんやりとした寝台にルウを寝かせる。レスターが道中、私物の扇であおいでいたので、いくらか楽になったような顔をしていた。
「水、飲めそうか?」
ルウが身体を起こした。リオは水差しからグラスに水を注いで渡した。
「今日は果実の下調べだけにしよう。少し稼ぐから、ステラはターバンをはずして髪をくくれ。レスターは俺が戻るまでルウを頼む」
「えー! せっかく頑張って巻いたのにぃ」
「またあとで別の巻き方教えてあげるよー。リオ君はどこに行くのー?」
「必要なものを揃えてくる。どうせならこの大陸にいる間は金に困らないようにしたい」
「全然少しじゃないじゃん」
「ステラがいれば客なんてすぐに集まる。それじゃ、行ってくる」
リオは自分の荷物を適当に軽くして出かけていった。
「……ごめんね、」
ルウがかすれた声で言った。
「ごめんなんて言ったら、またリオに怒られそう」
ステラがターバンと悪戦苦闘しながら返した。レスターが苦笑しながら手を貸す。やっとのことでほどくと、蒸れていたのか花の濃いにおいが広がった。
「でも、他に何も言えないよ」
迷惑をかけているのに謝るなというのは、ルウにとっては酷な話だ。ステラはやっとほどけたターバンをほっぽらかして、髪どめを探しにいった。レスターはそれを小さくたたんで、ステラの使っているベッドの隅に置いた。
「うーん……ありがとう、って言ってくれたらー、嬉しいなー」
「そーだよ、リオもきっとありがとうを待ってるんじゃない?」
ステラはやっぱり悪戦苦闘しながら髪をまとめていた。レスターが温かい目でブラシを構えた。ルウは二人の様子を静かに見ていた。
「……そうだね。もし立場が違ったら、私もそう言って欲しい。ありがとう。レスター、ステラ」
とびきりの笑顔が返ってきた。
◆ ◆ ◆「似合わな!!」
「ほっとけ」
しばらくして戻ってきたリオは、旅芸人の姿になっていた。かばんも二つに増えている。
「へー意外。リオって旅芸人だったの?」
「成り行きでそうなった」
「ふぅん。じゃあルウ、行ってきまーす!」
「大事にな」
「うん。いってらっしゃい、気をつけて」
リオとステラは宿屋を出た。昼間をすぎたばかりの町は、強い陽射しにも負けず活気に満ちあふれていた。あちこちで露店商の値段の交渉をする声が飛びかっている。リオが適当な場所に縦に長くスペースを取ると、短剣を山のように出した。
「え……まさかナイフ投げ?」
「俺が踊ると思ったのか? ほらそこ壁の前に立て。絶対に動くなよ」
リオはステラと城壁の間に大きな木の板を立てた。端に小さな輪っかのついた杭がいくつか打ってあり、細い鎖と腕輪がぶらさがっている。ステラの背中を板にぴったりつけて、手足をくくりはじめた。
「え、ちょっ」
「おとなしくしてろ。動くとけがするからな。怖いなら目隠ししてやろうか?」
「その方が怖いわ!」
ステラがぎゃーぎゃー騒いでいる間に、リオはステラの両手両足を、杭の輪っかから伸びる鎖に固定してしまった。ちょうどギャラリーも集まりはじめている。
「何度も言うが、動くと危険だ。絶対に動くな」
(新入りのアタシにそんな危険なことさせんなーっっ!!)
パフォーマンスの用意ができてしまったため、ステラは心の中で叫んだ。リオは3mほど距離を取ってからステラの方を向き、短剣を四本、右手に持った。
(…………)
リオは左手に一本ナイフを持ち、振りかぶって投げた。
――すたん!
ナイフはステラの腰の右側ぎりぎりに刺さった。ギャラリーから控えめに声があがった。
「怖ぁっ! はやく終わらせてよぉ!!」
「わかったから動くな」
リオが今度は続けて何本か投げ、腹、胸、首、とナイフが刺さると拍手がわき起こった。肩が慣れてきたところで、リオが足元に置いたかばんから細長い布を取り出した。
(え、ウソでしょ!?)
ステラご明察。リオはその布で目隠しをした。そのままナイフを右手に追加する。ギャラリーがしん、と静まりかえった。
リオはゆっくりと左手を肩の位置まで持ちあげ、手首のスナップを用いてナイフを投げた。
――すたん!
(ひぃいいい!!)
ステラに緊張と恐怖がないまぜになって襲いかかる。そんなパートナーの感情などつゆ知らず、リオは次々ナイフを投げた。歓声がわき起こる。
ステラの周りがすっかりナイフで埋まるころにリオは目隠しをはずして空の袋を開いた。その辺りに散らばっていた硬貨を拾って入れると、観客も理解してわれ先に硬貨を投げ入れた。
「お疲れ。よく我慢したな」
リオは自分で投げたナイフを抜いて、ステラを解放した。ステラはその場で膝をついた。
「あれ、本当は誰がやるの」
「ルウだ。はじめの頃からやってもらってるからな。慣れたもんだぞ」
「あんた悪魔だ!」
「俺は天使だ」
「…………え?」
「あ」
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